第122話 そこそこ

 まさか相田さんから俺たちのチームの事を聞いて、チームに対して特別依頼を出してくるとは思わなかった。

 まぁ、それであれば俺が断る理由はない。

 という事で、川奈さんの提案である「いつか越田に対して借りを返す」という名の下に、俺たちは【天才の武具道ジニウェイ】八王子支店にまでやって来た。


「そういえば、その防具ってKWKWカウカウで買ったんですか?」

「うん、ちゃんと川奈さんが教えてくれた通り、10%割引だったし、買った分の5%、しっかりポイントが付いたよ」

「うんうん、よかったですねぇ。ポイントは全ての買い物に使えるので、日用品なんかに使うのもアリですよ」


 確かに、川奈さんが以前言ってた通り、スマホの金額分、数十ヶ月の契約料まで浮いてしまった。知らぬは損という事か。

 実際に軽鎧、手甲てこう脛当すねあては全て110万円だった。これを10%引きで33万円が引かれ、お値段297万円也。まぁ、税金がかかって300万こそ超えてしまったものの、実に14万円以上のポイントが付いた。

 高い買い物をすればする程、ポイントもおかしい数字なっていく。

 流石に銀行口座から300万以上のお金が引き落とされた時は戦慄したが、この買い物は俺の命を救ってくれる。

 親父も、みことからも反対の声なんてなかった。

 まぁ、みことは領収書を絶対に貰えって言ってたな。

 経費扱いにするとか言ってたが、経費って……何だ?


「さぁさぁ、伊達さん! ちゃっちゃと交換しちゃいましょー!」


 やたら元気な川奈さんに押され、俺は、以前風光を交換してくれた店員に、デジャヴかのように引換証を渡した。


「あの、これを」


 そう言って受付に引換証を手渡す。

 それを見た受付員は、驚いた様子をしながらちらりと俺を見た。そして気付く。「またか」という顔だ。

 まぁ、ここは急かすべきだろう。


「あの、何か?」

「い、いえ、すぐにお持ち致しますっ」


 店員が奥へ消えて行くと、川奈さんは小首を傾げながら言った。


「私、何か今の場面に既視感が……?」


 そりゃそうだろう、前回とほぼ同じやり取りである。

 俺だってそう思ったし。

 だが、前回と違う点は、それほど待たなかった事だろうか。


「お待たせ致しました。こちらがご依頼頂いた品でございます」


 店員の言葉は同じだけどな。

 やはり持って来たのは長い桐箱。


「また風光さんですかね?」

「だとしたら使いやすくていいかもしれませんね」


 俺と川奈さんがそんな会話をしていると、店員が言った。


「どうぞ、ご確認ください」


 桐箱の真田紐さなだひもを解く。

 するとそこにあったものは――、


「風光……さん?」

「いや、違います」


 言うと、店員が俺にまた手紙を差し出した。


「こちらもお預かりしておりました」


 手紙を受け取り、差出人を見る。

 名前は当然――越田高幸。

 手紙を開き、読んでみると、そこにはこう書いてあった。



 ――伊達殿

 先日は当クランの不届き者が迷惑をおかけした。

 クラン代表として、深くお詫び申し上げます。

 ついては当クラン、また私個人の謝意として、新たな武器を用意した。これは、伊達殿の腰元によく似合うと思っている。

 伊達殿の成長と健闘を心より祈っています。



 前回よりも長いものの、やはり越田。

 本当に必要な事しか書いていないのは、ちゃんと狙ってやってるのだろう。と、邪推してしまう。


 しかしこれは凄い。

 本当に受け取ってしまっていいのだろうか。

 持たば一流と言われる上級装備……プラチナクラス。

 なかごに彫られている銘は――【嵐鷲あらわし


「な、何か……凄く荒々しい刃紋はもんですね」

「打ち寄せる大波の如き刃紋はもん……濤乱刃とうらんば。凄いなぁ……」


 刀を持ち、その仕上がりに感嘆の声を漏らしていると、店員が言った。


「以前お渡しした【風光】の数量限定の兄弟刀モデルとして販売しておりました」


 あまり聞きたくない情報が耳に入った。

 当然、風光は量産モデルではあるものの、その兄弟刀モデルなんて聞いた事がない。

 つまり、ごく一部でしか情報が回らない本物の限定品って事だ。

 それを越田が押さえた。

 聞きたいようで、聞きたくない……気になるお値段。

 しかし、俺はそんな事は聞かない。

 今のこの雰囲気を壊したく――、


「へぇー、それじゃこれ、結構値が張るんですね」

「確か……発売時の価格で2000万円だったかと。今はもうプレミア価格となってしまって、コレクター間では5000万円程で取引される事もございます」

「ふーん、そこそこするんですね……ん? どうしたんですか、伊達さん? 胸なんか押さえて?」

「ちょ……ちょっと過呼吸が……」

「そういう時は『ひっひっふー』ですよ」

「ぜったい……違うと思う……」

「あれ? そうでしたっけ? らんらんるー? びびでばびでぶー?」


 絶対語感で言ってる、この子。

 プラチナクラスの武具は、本来500万円以上。

 勿論、ピンキリだ。

 コレクター間の取引価格でいえば、ミスリルクラスにすら匹敵する。越田は何を思って俺にこんな大層なものを贈ったのか。

 考えるだけで気が重い。

 さて、ちょっとした疑問なのだが、「そこそこする」という表現は、どういう時に使うべきなのか。

 俺は今それを考えている。真剣に。

 俺はきっと、鮮魚コーナーで見た中トロの切り身に対し「そこそこする」と表現すると思う。

 だが、俺のチームメイトは違うみたいだ。


「伊達さん、それじゃあ行きましょうかっ!」


 鼻歌を歌いながらスキップするチームメイト。

 俺は嵐鷲の箱を抱えながら、彼女の背中をしばらくの間、誇らしく思い、見守っていた。

 そう、彼女がそれに気付き、引き返してくるまで。

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