第111話 ◆城田英雄という男2

「はぁはぁはぁ……あと少し!」


 遠目に見えた八南高校。

 玖命は息を切らしながらも走る事をめなかった。

 体力の低下を気にする事もなく、ただただ一心、みこと、四条の下に走った。


「今日は……皆で、美味しい物を食べよう……少しくらいなら、豪勢にしても、みことなら許してくれる……だから、早く……」


 一日中動き続けた玖命の足は熱を帯び、非常に重かった。

 だが、玖命の足取りは軽い。


「はぁはぁはぁ……見えた!」


 ようやく八南高校の全景を捉えた玖命。

 しかし、その八南高校では、玖命にとって予想外の出来事が起こっていたのだった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「四条……棗さんですね」


 四条の前に立っていたのは、【聖騎士】城田しろた英雄ひでお


「そう……ですけど……っ!」


 微笑みかける城田に、四条はビクリと反応した。

 その微笑びしょうに、どこか薄気味悪さを感じたのだ。

 一歩進む城田。四条は咄嗟とっさに防衛本能を見せた。

 それは、天才ならではの本能。

 四条棗の天恵【魔眼】。


 ――八神やがみ右京うきょう

 ――生年月日:西暦20XX年10月17日

 ――身長:178cm・体重:69kg

 ――天恵:【聖騎士】


 四条は目を見開く。

 何故なら、その眼に映る内容がぐにゃりと表記を変えたのだから。


(八神? 何だこれ……? こいつは城田じゃ……いや、それよりも天恵が――!?)


 ――天恵:【道化師】


【魔眼】の能力で、【聖騎士】の能力が消え、完全に暴かれる。


(こ、こんな天恵……見た事――)


 その四条の反応に気付いたのか、八神は整った顔を歪ませて言った。


「キヒ……」


 ニタリと笑う八神に、四条はすぐに踵を返した。

 背を向け、走り出したその瞬間、八神は四条の正面へと回り込んだ。


「なーんだ……やっぱり視えちゃうのか」


 四条の目の前には、いびつな笑みを浮かべる男。


「な、何なんだよお前っ!」

「へー、威勢がいいじゃん。前に見た時はもっと大人しくなかったぁ? ヒヒヒ……」

「お前、【はぐれ】だろ!」

「ノンノン、僕は【はぐれ】じゃない。だってほら、見てよ? 【大いなる鐘】の城田英雄……ちゃんと出来てるだろ?」

「はっ! 私の目には【八神右京】って出てるけどねっ?」


 言うと、八神はピタリと動きを止めた。

 そしてまた動き始めたかと思うと、四条に殺意を向けた。


「何だい、【魔眼】ってのはそんな事まで視えちゃうの? 【鑑定】とは大違いだね」


 じりじりと後退するも、四条が稼いだ距離は八神の一歩で埋められてしまう。


「ま、ここで君を殺しておけば、まだまだ城田を続けられるって事だよ……ヒヒヒヒッ!」

「こ、ここにはCランクの援軍が来てるはずだ」

「あー、あの連中? 大丈夫だよ、学校の反対側を警戒させてるから。この顔、意外と便利なんだよね」


 まるで自分の顔が他者の顔とでも言いたげな様子に、四条は更に追及した。


「道化師って何だよ……あんな天恵、論文にも発表されてないだろう? それにお前、【聖騎士】やってるならどうやってヘイト集めしてるんだよっ!」


 そう、【聖騎士】だと偽るには、ヘイト集めが出来なくば他者をあざむけない。四条はそれを指摘し、問い詰めたのだ。


「別にぃ? 【聖騎士】やってれば【聖騎士】の能力くらい使えるでしょ? キヒ……ヒヒッ!」

「【聖騎士】……やってればってどういう」

「わかってないねぇ? まぁ、それが【魔眼】の限界って事か。別に能力の全てを覗かれる訳じゃないんだねぇ。でも、お前が居ると周りが迷惑を被る。なら、今、殺しておくのが正解だろ?」

「何でお前にそんな事決められなくちゃいけないんだ!」

「まぁまぁ、君みたいな可愛い子と話すのはやぶさかではないんだけど、あんまりチームから離れると、僕、疑われちゃうからさ。ブツブツ言うのは死んでからでいいじゃん? だからさ、死ねよ」


 瞬間、四条は再び走り始めた。


(き、きゅーめー……!)


 八神は剣を引き抜き、その背に向かって突きを放つ。

 四条の速度で八神を振り切れるはずもなく、その剣は――、


「……ぁ」


 四条が気付けば、背から胸へと突き出ていたのだ。

 貫かれた攻撃に、四条は何をする事も出来なかった。

 ただ、剣先から流れる自分の血を眺め、ただただ自分の不幸を嘆き、喉の奥から噴き出る血を撒き散らした。


「きゅ…………め…………」


 零れる血液と言葉。

 血は流れ、大地を濡らす。

 八神はニタリと笑い、その剣を四条から引き抜いた。

 膝から崩れ落ちる四条は、胸を押さえながら、尚も止まらぬ血に、死を覚悟した。


(あぁ……私……死んじゃうのか…………酷い……本当に酷い人生だったけど……最近はちょっと……楽しくなってきたのに……な…………)


 血色を失いつつある四条と、その首を狙う八神。


「ヒヒヒ……じゃあね……!」


 八神が剣を振りかぶり、首に向かって振り下ろすその瞬間、甲高い音が四条と八神の鼓膜を揺らした。

 止まる刃と、止める刃。


「はぁはぁはぁはぁ……」


 切れる息と、途切れぬ想い。

 四条の背を守る、玖命の背。

 そして……八神の目を奪う、玖命の熱き瞳。


「……キッ!」


 剣に力を込めようとも、玖命の刀はビクともしない。

 驚きを見せる八神は、警戒の色を浮かべ玖命に問う。


「よく、ここに間に合ったね……伊達玖命くん?」


 八神の言葉を聞き、四条がようやく気付く。

 自身の背に現れた人物が誰なのか。

 溢れる涙を隠す事も出来ず、四条はただ小さく……はかなく笑った。


「……ぉ? おっと!?」


 玖命は八神の剣を押し返し、更に勢いをつけて弾いた。

 これにより八神は後退へと追いやられる。

 八神との物理的な距離を得た玖命が、四条の肩を抱く。


「四条さんっ!」


 返って来る返事はなく、四条は微かな笑みでのみ、伊達に反応を示した。

 痛いはず、苦しいはず、つらいはず、泣きたいはず。

 なのに四条は笑う事で、玖命に感謝を伝えた。

 その気遣いが、玖命に後悔させた。

 もっと早く来ていれば、ゴブリンキングを倒した後、相田と川奈を置いてでも八南高校に向かっていれば……そんな後悔が葛藤を生み、葛藤が怒りを生んだ。

 視線の先には、八神右京。

 憤怒に染まる玖命の瞳に、かつてない闘志が宿る。


「城田……英雄……!」


 怒りと闘志が生む、天恵の成長。

【剣士】は【剣豪】へ、【剣聖】は【剣皇】へ。

 どの天恵にもあるありふれた成長。

 玖命にはそれがなかった。否、そこまで天恵を使いこなせていなかった。

 しかし、その時が来た。

 玖命の目の前に現れる、見慣れたメッセージウィンドウ。


 ――【探究】を開始します。対象の天恵【探究、、】を更に解析します。

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