第110話 ◆城田英雄という男1

 ――八王子市立八王子南高等学校。

 通称【八南はちなん】高校。

 名門とも言い難く、素行が悪いという風評もない事から、地元の中学生は、進学先に困ったら八南を狙うという、安定した偏差値と進学率を誇る高校である。

 玖命の母校でもあり、みことや、玖命が先日サハギンのモンスターパレードから救った桐谷きりたに明日香あすか山下やましたれいもこの高校へ通っている。

 大災害の際、避難スポットとして指定されている八南高校は、多くの生徒、その家族や、近隣の住人が逃げ込んでいた。


 伊達一心いっしん、伊達みこと四条しじょうなつめは、水谷に連れられ、この八南高校へと避難した。

 全教室が開放され、生徒とその家族は教室に避難し、それ以外の住民は体育館などに割り振られた。

 この割り振り上、みことと一心は教室。

 四条は体育館への避難となってしまった。

 水谷の護衛の下、四条は一人で体育館に入り、新宿からの援軍が来ると同時、八南高校と四条の護衛を彼らに任せ、水谷は駅へと向かったのだった。


「八王子が大災害ってマジかよ!?」

「何か【大いなる鐘】が偶然八王子支部に来てたらしくて、早々にいくつかのポータル破壊したみたいよ」

「マジか、やっぱ越田スゲェな」

「そういえばさっき、ここに【剣聖】水谷がいたって聞いたな」

「何言ってんだよ、【剣皇】だ【剣皇】!」

「え、じゃあ今、水谷さんがここの警護を?」

「いや、何か新宿から援軍に来たCランク二人がここを守ってるらしい」

「んだよCランクって。どうせ点数稼ぎだろ?」


 体育館から聞こえる人々の声。

 そんな声に四条は苛立ちを覚えていた。


(何もわかってないやつらだ。Cランクっていったら、ポータル破壊を認められた一流だぞ? メディアの情報に踊らされて、Bランク以下は雑魚だとでも思ってるのか? くそ……Eランクにだって凄いヤツがいるんだぞ、まったく)


 そう心の中でぼやきながら、四条は館内の時計を見上げる。

 時刻はもう18時過ぎ。大災害が始まってから既に4時間近くが経過している。

 一つのモンスターパレードであれば、1時間もあれば解決するものの、今回は規模が違う。

 しかし、八王子支部があるだけに、天才の数も違う。

 だからこそ、そろそろ何かしら情報が更新されてもおかしくはないはず。そう思っていた矢先、四条の耳に新たな情報が届く。


「おいおい! 既に全部のポータルは破壊済みだって! モンパレも結構収まってるらしいぜ!」

「てことはもうすぐ帰れるのか!?」

「あとは派遣所からの連絡待ちだな! やっぱ【大いなる鐘】の活躍が凄かったってニュースでもネットでも話題になってる!」

「山十は? 茜さんはどうだった!?」

「いやいや、ここは立華さんだろうが」

「ロベルトの素顔、めっちゃイケメンって噂、本当かな?」


 その情報に安堵したのも束の間、四条はすぐにスマホを手に取った。


 四条棗――おい、生きてるか?


 ToKWトゥーカウの送り先は、伊達玖命。

 そう、ポータルが全て破壊されたからといって、玖命が無事とは限らない。

 そう思い、四条は玖命の生存確認を急いだのだ。


 四条棗――こっちは大丈夫だぞ。みことも一心さんもちゃんと避難してる。

 四条棗――とりあえず気付いたら連絡よこせよな


 玖命からの反応はなく、スマホの画面を閉じ、再び座り込む四条。


「ばか……早く帰って来やがれ……」


 そんな四条の呟きを拾ったのか、スマホが反応を見せる。


「わっ、わっ!? わぁ!?」


 慌てて立ち上がり、スマホをお手玉のように跳ねさせながら、四条は何とかそれをキャッチする。

 開いた画面には――、


 玖命―――無事で良かった!今、そっちに向かってます!

 四条棗――遅い!遅い遅い遅い!ばーか!!

 玖命―――もうちょっとで着きます!


 玖命からの返信を貰うと、四条はホッと胸を撫でおろし、再び腰を落とそうとした。

 しかし、それを止めたのは一人の女だった。


「あの、すみません……」


 声の方へ振り返ると、そこにはここへ避難してきたであろう女の姿があった。


「え? えっと……何か?」

「あの……これを」


 四条の言葉に、女は一枚の紙を渡してきた。

 四条は小首を傾げながらもそれを受け取り、開いてみた。


 ――鑑定課 四条棗殿

 水谷より引継ぎ、重要な話がございます。

 校舎横の倉庫の前でお待ちしております。


 当然、四条はこの手紙に違和感を覚えた。

 訝しみ、手紙を渡した女を見るも、その女は嬉しそうに四条に肉薄したのだ。


「あのっ!」

「えっ? な、なんです……か?」

「城田様とお知り合いなんですかっ?」

「し、城田様ですよっ! 【大いなる鐘】のっ!」

「あ、この手紙の人?」

「それ以外に何があるっていうんですかっ! それで、どうなんですっ?」


 その勢いに押されるも、四条はそれを否定する。


「ぃ、いや……知らない、知らないです」

「そうなんですか? なーんだ、サインお願いしようと思ってたのに。あ、でも――」


 女がそう言いかけた時、既に四条はその場から消えていた。


「………………んもう!」


 女の言葉は虚空に消え、四条は体育館の外へと向かう。

 途中、もう一度手紙を開く。先程と変わりない文章。


「城田って……【大いなる鐘】の若手で……確かシングルだっけ?」


【大いなる鐘】の名前。女から伝えられた城田の名前。水谷からの引継ぎという情報。これらの要素が絡み合い、四条は年相応の対応をとってしまう。


(なるほど、城田が体育館に入ればさっきみたいなミーハーな女が騒いで大変だから、手紙を使って私を呼び出したのか)


 四条は肝心な事を忘れてしまっていた。

 この【聖騎士】城田しろた英雄ひでおという男が、鑑定課でも稀に見る【自己申告組】の一人だという事を。










 ◇◆◇ あとがき ◆◇◆


 念のため、八王子近辺の高校を調べたのですが、八王子南の高校はなかったので、みことが通う高校に今回の名称を採用しております。

「どこかと被る」というような声があがれば、都度考えます。

 あくまで存在しないフィクション上の高校なので、ご承知おきください。

 裏設定ですが、通称の八南はちなん七難八苦しちなんはっくの難八から取って逆に読んでます。

 物語上、困難って大切な要素ですよね。

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