第109話 ◆信頼、そして……

「……ふぅ、最後のポータルは微妙だったわね」


 水谷がポータルの外に出て言うと、山王が同意を示す。


「あぁ、イイのは全部伊達が持ってった感じだったな」

「どう、彼、強くなってた?」

「お前が知ってた伊達を知らねぇ俺たちが、それに答えられると思うのか?」

「あら、知ってるでしょ?」


 水谷が言うと、第1班の四人は首を傾げた。


「あの動画、四人も観たはずでしょ?」


 その説明に、皆が反応を示した。


「おぉ! あのホブゴブリンを倒した動画でござるな!?」


 ロベルトは思い出したように言うも、


「あの時のあれが……伊達殿……?」


 第1班はSSダブルが集う日本一とも言えるチームである。動画を見れば、その時の玖命の実力をある程度推察出来る。

 当然、ロベルトも当時の玖命の動画を覚えている。

 しかし、誰がどう考えても、今の玖命の実力とは一致しない。


「あれは確か……ライブ配信だったはず」


 立華が顎を揉みながら言うと、茜が補足するように言った。


「あの動画から、まだ二ヵ月も経ってないでしょう?」

「……あれが、伊達?」


 山王の記憶にある動画の玖命も、皆の記憶にある動画の玖命も、やはり今の玖命の実力とは一致しない。

 すると、水谷が言った。


「何だ、皆、観てるじゃない」


 あっけらかんとして言う水谷に、四人は顔を見合わせる。

 すると、山王が玖命の現状を伝えた。


「あくまで単純な腕力、という話なら、おそらく伊達の力は、既に水谷の力を超えている」


 山王の言葉に、水谷は一瞬驚きを見せるも、すぐにすっと目を閉じてから言った。


「へぇ、もうそんなに成長したんだ」

「ゴブリンジェネラルを一撃だったよ」


 立華の説明、


「オルトロス相手に先陣を切ったでござるよ」


 ロベルトの説明、


「【大魔道士】クラスの魔法を使ってたね」


 茜の説明に、水谷も満足そうに笑う。


「ふーん……そういう事。はははは、玖命クンは本当に面白いなぁ~」


 鼻歌交じりにそう言ったところで、水谷の前に第2班がやって来る。第1班の前に現れた越田を見、水谷が言う。


「あ、高幸」

結莉ゆり、伊達家の方々は?」


 越田が何より心配したのは伊達家の事。

 水谷はその理由がわかったからこそ、仏頂面で越田を見た。


「高幸、訓練だけって約束だったでしょ?」

「ふっ、あの才能を前に手をこまねくだけというのは、私には無理な注文だよ」


 そう、越田は玖命を自身のクラン【大いなる鐘】に加入させたいのだ。もし、護衛を託した水谷がこれに失敗すれば、玖命は【大いなる鐘】に対し、大きな不信感を抱き、離れて行ってしまう。

 だからこそ、越田は八王子よりも、他の人間よりも伊達家を心配したのだ。


「まったく……それで、高ランクモンスター情報はあるの?」

「ない。だが、第1班はしばらくここで待機だ。町は第3、4班の連中に任せておけ。手に負えないモンスターが出た際、動けるのは我々だけなのだから」

「はいはい、了解」


 二人がそんな会話をしていると、第2班の【聖騎士】城田が【頭目】ロベルトに近寄った。


「ロベルトさん」

「む、城田殿、お疲れでござる」


 ロベルトの挨拶に、城田は小さく会釈して返す。


「お疲れ様です。水谷さん、別の任務って聞いてましたが、護衛だったんですか?」

「Oh、その通りでございまーす。水谷殿は伊達殿のご家族の護衛任務だったのでござる」

「伊達さんのご家族は何か特殊な仕事に就かれてるんですか?」

「ノンノン……」


 そう言うと、ロベルトは小声で城田に伝える。


「ここだけのお話、伊達殿の家に、鑑定課の【魔眼】使い殿が居候してるそうでござる」


 瞬間、城田の目元がピクリと反応する。


「……鑑定課の【魔眼】使い。先日襲われて行方がわからなくなったという……あの」

「にんにん、内緒でござるよー?」

「ははは……わかっていますよ」


 ロベルトはニコリと笑い、第1班の会話へと入って行った。

 その背中を見守っていた城田は、無表情を崩さず空を見上げた。しかし、空に向ける城田の表情は、少し……ほんの少しだけ、口の端が上がっていた。

 その数分の後、【聖騎士】城田しろた英雄ひでおは第2班から姿を消したのだった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 天才派遣所には、ようやく新宿支部からの援軍がやって来ていた。

 川奈は玖命が回復を施し、病院へと搬送される。

 相田は緊張が途切れてしまったのか、自身の肩を抱き、小さく震えていた。

 玖命もまた、その隣に腰を下ろし、体力の回復に努めていた。


「伊達くん……大丈夫?」

「相田さんこそ、お疲れでしょう」

「ううん、私はここで川奈さんと伊達くんに守られてただけ。だから、私は大丈夫……」


 言いながらも、やはり相田が震えている事実は変えられなかった。玖命はそれにようやく気付き、ただ相田を気遣うようにその手を握った。


「っ…………!」


 最初驚いた様子の相田だったが、その後は口を閉じ、ただその手に自身の手を重ねた。

 玖命もこれにピクリと反応を示すも、やはりその心地よさに甘え、ただ俯いていた。


 そんな中、カツカツと響く足音。

 その足音が近づき、俯く玖命の前で止まる。


「よぉ玖命ぇ?」


 聞き慣れた声に、玖命が顔を上げる。

 そこにいたのは、見慣れぬ血みどろの存在。


「…………誰?」

「あぁ? 俺様だよ、俺様!」


 グッと親指で自分を指すも、玖命は首を傾げるばかり。

 しかし、そのギラついた眼差しに、玖命はようやく気付く。


「もしかして……翔?」

「何で気付かねぇんだよ!?」

「いや、だって……バケツ一杯の血を頭から被ったような……ってか何だそれ?」

「ぁん? ……いつも通りじゃねぇか?」


 キョトンとする翔に、玖命は呆れた息を漏らす。


「そうだったな、血みどろの翔ちゃんだったな」

「おうよ! カカカカッ! どうやらここも何とかなったみてぇだな」

「まぁ……何とかね」

「んで、お前の方は?」

「……え?」

「この前何か言ってなかったか? 護衛がどーとかってよ」

「あぁ、回復したら向かう予定だよ」

「あぁ? そんな悠長な事言ってんじゃねぇよ! まずは行って、向こうで休めばいいじゃねーか」

「ははは……確かにな。じゃあここ頼んでもいいか?」

「あぁっ!?」


 そんな恫喝のような問いに、相田が肩をビクつかせる。

 しかし、それが翔の平常運転だと知っている玖命は表情一つ変えなかった。

 だが――、


「はなっからそのつもりだよ、べけやろー」


 翔のその一言に、玖命は目を丸くさせてしまったのだった。


「ここはいいから行ってこい」

「あぁ……何か、悪いな」


 立ち上がり、出口に向かいながら言うも、翔はやれやれと呆れた様子で玖命の座ってた場所に腰を落とし、手で玖命を払った。


「しっし、さっさと行け」


 だから玖命はコクリと一つ頷くだけで、翔に謝意を伝えた。

 消えゆく玖命の背中を追う相田に、翔が言う。


「……邪魔したか?」

「あ、いえ……いや……うーん……ちょっと?」


 相田がそう言うと、翔はニカリと笑い「すまねぇ」と呟く。

 そして、翔はポケットを漁り、取り出したものを相田に見せる。


「ネーちゃん」

「え……?」

「ガム、食う?」


 板状のガムを一枚差し出す翔に、相田はくすりと笑い、


「はい、いただきます」


 そう言ってガムを受け取った。

 そして、見えなくなりそうな玖命の背を、見えなくなるまで追ったのだった。

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