第108話 ◆止めない歩み

 初手、ゴブリンキングは足下にあったマスターゴブリンの手斧を蹴った。

 それは相田へと向かうものの、当然、玖命の刀の結界が防ぐ。


「ふっ!」


 直後、ゴブリンキングは身を低くしてその巨体に身を任せ突進をした。

 玖命の後ろには相田と川奈がいる。

 逸らす事も、かわす事も難しいその状況下、玖命が出せる答えは一つしかなかった。


「川奈さん、また借りるね」


 川奈の大盾を取り、全身全霊をもってゴブリンキングの突進を受け止める。


「ハァアアアアアアッ!!!!」


 衝突と共に鈍く、大きく、重い音。


「ガァアアアア!!」


 床を蹴り、滑らせながらも何度も蹴るゴブリンキング。

 対して玖命も、その威力を正面から受け、険しい表情を浮かべる。


(流石に重いな……エティンより小さいのに、重く、強い……!)


 踏ん張る玖命と、押し切ろうとするゴブリンキングの力勝負。質量を考えれば玖命の圧倒的不利。

 だから玖命は、別の力を使う他なかった。

 バチンと何かが弾ける音。直後、ゴブリンキングが大盾から離れたのだ。


「ガギギッ!?」


 痺れる手を見つめるゴブリンキング。

 何が起こったのかわからない状況のゴブリンキングに、玖命は呟くように言った。


「なるほどね、大盾にも魔法を流せるのか。これなら……!」


 瞬間、玖命が前に出た。

 青雷走る大盾、水刃纏う風光。

 玖命は走りながら二つの魔法を併用した。


「ハァアアアアアッ!!」

「ガ、ガアァアアッ!!」


 本来、二つの魔法を同時に併用する事は出来ない。

 しかし、一度使ってしまえばそれに該当しないだけの事。

 玖命は、刀に魔法を、大盾に魔法を順番に使っただけ。

 刀や大盾に魔法が尚も宿っているのは、魔力によって霧散させないように維持しているからだ。


「ふっ!」


 袈裟斬けさぎり、左袈裟斬ひだりけさぎり。

 ゴブリンキングが焦りながらもこれをかわす。直後に出来た玖命の隙にゴブリンキングの真横からの大斧攻撃。

 ――だが、


「それでいいのかっ!?」


 大盾がその進路を塞ぐ。

 それに当たると同時、ゴブリンキングの身体に先程以上の雷が走る。


「ガガガガッ!?」

「学習しろよ……はっ!」


 ゴブリンキングが離れるも、玖命がこれを詰める。

 既に、ゴブリンキングには、退路がない。

 何故なら、玖命はゴブリンキングを壁に追い詰めるように立ち回っていたからである。

 すなわち、ゴブリンキングは攻撃する事も、逃げる事も封じられてしまったのだ。


「ギ、ギギイッ!!」


 憤怒と苛立ち、更には不安の色すらも見せるゴブリンキングに、玖命は言った。


「……なら、俺が選んでやるよ」


 直後、玖命は大盾を床に突き刺すようにガンと置き、叫んだ。


「来いっ!!」


【聖騎士】によるヘイト集め。

 これにより、ゴブリンキングは攻撃を選ぶ他なくなってしまったのだ。


「ガ、ガァアアアッ!!」


 大斧による大上段。

 しかし、当然受けるのは大盾、ゴブリンキングの脳裏に先の感電がよぎる。それと同時に、身体が委縮してしまう。

 これにより、ゴブリンキングの攻撃力がガクンと落ちる。


(今なら、行けるっ!)


 これまで玖命は、ゴブリンキングの攻撃を踏ん張る事で耐えていた。しかし、相手の攻撃力が下がったのなら、話は別。

 大盾を振りながら大斧を弾いたのだ。

 衝撃と感電。ゴブリンキングの動きが止まる。

 その隙を見逃す玖命ではない。


「ハァッ!」


 狙ったのは、ゴブリンキングの左腕。

 二の腕の裏をなぞるように丁寧に斬ると同時、ゴブリンキングに異変が起きる。


「ガァ……ア!?」


 左手に力が入らず、大斧を持つ事がままならない。

 ゴブリンキングが玖命を睨む。

 ――何をされた? 斬られた? どこを? 左腕? 誰が? アイツだっ!

 そんな表情が見て取れた玖命はくすりと笑い、言った。


「どうやらゴブリンと同じく、お前の橈骨とうこつ神経もそこにあるみたいだな」


 そう、玖命は最小の動きで神経を狙い、切断したのだ。


「……これでもう、両手で持てないだろ?」


 大斧を持つ手が右腕だけになる事実。

 先程の委縮以上の攻撃力ダウンを狙い、玖命は的確且つ迅速に戦況を有利に動かした。


「ゴブリンの勉強は沢山した……誰より、何より……!」


 天才の初心者が一番被害に遭うのはゴブリンによる被害である。

 玖命はこれを知り、今や蚊よりも人類を殺しているゴブリンの情報を頭に叩き込んだ。戦闘パターン、種類、解剖データにまで目を通した。

 その勤勉さと執念を玖命に見たのか、ゴブリンキングの不安は恐怖へと変貌を遂げた。

 ゾクリと走る悪寒と共に、一歩、また一歩と後ろへ下がる。

 しかし玖命は、その一歩を二歩で埋め、次の一歩を跳んで埋めた。


「ハァアアアアアアッ!」


 直後、玖命による乱撃が始まった。

 突き、身体を捻りながら大盾を払ってゴブリンキングの大斧をかちあげる。瞬間、反転しつつ左一文字斬ひだりいちもんじぎり。

 ゴブリンキングは身を反らす事でかわすも、その全てをかわし切れなかった。右の親指が飛ぶと同時、ゴブリンキングに激痛が走る。その硬直を見逃す玖命ではない。

 だから玖命はそのまままた一歩踏み込み、ぜろ距離でゴブリンキングに対し大盾を当てた。


「ガガガガッ!?!?」


 瞬間、ゴブリンキングは感電により更に硬直した。

 玖命は、大盾の下部から覗くゴブリンキングの左脚を狙う。


坐骨ざこつ神経……!」


 枝状に分かれる足の重要な神経の根本を狙うように切断し、ゴブリンキングの動きを更に封じる。

 遂に、大斧の支えなくして動けなくなってしまったゴブリンキングに、玖命は言った。


「悪いな、恨むならこんな世の中を恨んでくれ……」


 そう呟くように言うと、玖命は大盾で大斧を再び払った。

 直後、ゴブリンキングは体勢を崩し倒れ込む。

 その落下速度を利用するように、玖命は刀を振り上げる。

 最後に決まったのは、確実なる絶命。

 ゴブリンキングの胴体が倒れる。直後、その首が転がる。

 ゴブリンキングは、玖命がホッと息を漏らす姿を最後に、その目を閉じ、命の終わりを迎えたのだった。


 ――成功。最高条件につき対象の天恵を取得。

 ――ゴブリンキングの天恵【頑強A】を取得しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る