第107話 ◆知らない君
「だ、伊達くん……! ……ぇ」
伊達の足下に転がる二つの首。
それは、相田と川奈を狙った2体のゴブリンジェネラルの首。
それは、恐怖以上の驚き。
相田はその二つの首を落とした存在が、この場にいるとは
再び見上げる視線、そこには、かつて見た事のない、見せた事のない……男の背中。
「川奈さんは?」
その声に、相田がハッと息を漏らす。
「うぅ……」
「大丈夫、気絶しているだけみたい……」
相田はそれが自分の仕事、役目かのように伝えた。
「川奈さんが、時間を稼いでくれたの……」
「……ナイスです、川奈さん」
それが、川奈に届いたのかはわからない。
ただ、玖命の労いの言葉は、相田を通し、彼女の腕から川奈の肩へと伝わった。
そんな二つの想いが、川奈を覚醒させた。
薄目を開ける川奈。
そこに立つ――川奈のチームメンバー。
「伊達さん……遅いですよぉ……」
大粒の涙を零しながらも、その顔にもう恐怖の色はなかった。眼前にいる玖命が、恐怖を払拭させ、笑みへと変える。
信頼という名の安堵が、再び川奈を眠りにつかせる。
「申し訳ありません、相田さん」
「え?」
「ウチのチームメンバー、お願いしてもいいですか? とてもいい子なんで」
そう言うと、相田は目を潤ませ、コクリと頷いた。それが玖命に見えない返事だとしても、次の言葉がその全てを伝えていた。
「……知ってる」
相田が言うと、玖命は正眼に構え、残り少ない体力をかき集めるかのように大きく呼吸した。
大きく吸い、細く吐く。
「集中……集中……」
相手はAランクのマスターゴブリンと、Sランクのゴブリンキング。
今日、玖命はSランクのオルトロスを降したものの、それは自分一人の力ではない。
【大いなる鐘】の第1班山王たちの完璧なサポートがあって成り立ったものである。
つまり、伊達玖命は、初めて独りでSランクモンスターの正面に立ったと言える。
(Aランクのおまけ付き……やれるか? ……いや、やるしかない!)
玖命の背には、玖命を信じる相田と川奈がいる。この強敵たちを、一歩でも後方へやる訳にはいかない。
(援軍はなし、体力ももう限界近い。だけど、こんな疲れ……今までに比べたら……!)
直後、マスターゴブリンとゴブリンキングが反応を見せる。
風光に魔力を通し、宿る水刃。
相田と川奈を見ようにも、その視線を玖命から逸らせぬヘイト集め。
どんな障害物も破壊し尽くしてきたゴブリンキングが初めて感じる異物。
不可解の塊である玖命を睨み、再び
「ガァアアアアッ!!!!」
その咆哮と共に、マスターゴブリンが駆け出す。
右手で剣を抜き、左手で手斧を取る。身を低くし、まるで消えたかのような超高速。
玖命の前に跳ぶも、それは残像。
右へ左へ、上へ下へ。
レンタルルームの床、壁、天井全てを地面とし、縦横無尽に跳び回る。
(右、右、左、そこで上か。ならこの次だな)
人間の視界は左右にこそ対応しやすいものの、頭上を取られれば首を上げる事でしか上の視界を得られない。
マスターゴブリンはこれを知ってか知らずか、人間に対する有効打を身体で理解していた。
だが、玖命はマスターゴブリンの動きにすら理解を示した。
先の先を読んだ玖命が、正眼から刀を返し、背負うように上段へと切り換えた。
吸い込まれるように飛び込んだのは、頭上から玖命の首を狙っていた――マスターゴブリン。
顔から臀部へ、真っ直ぐ斬り裂かれたマスターゴブリンは、たった一撃、一瞬で絶命に至った。
相田は、玖命の一挙手一投足に目を奪われ、ただただその背に驚きの目を向けていた。
(これが……今の……伊達くん……! 泥だらけになりながら、汗だくになりながら、どんな仕事でも精一杯こなし、誰にも負けない訓練と、専門分野に至るまで勉強を重ね、【
――成功。最高条件につき対象の天恵を取得。
――マスターゴブリンの天恵【威嚇A】を取得しました。
「もう……大丈夫だね……」
相田は涙を流し、玖命の成長を喜び、安堵した。
だが、玖命から返ってきたのは――、
「いえ、まだダメです」
「……え?」
「まだ、肝心な奴が残っています……!」
玖命の視界に残るのは、ゴブリンたちの王。
相田の言葉の意図は、伊達に届く事はなかった。だが、相田はそれでよかった。否、それがよかった。
「だよね、それが伊達くんだもんね……」
相田は嬉しそうに笑った後、玖命に言った。
「頑張って、伊達くん……!」
背中を押すように、肩を叩くように、隣に寄り添うように。
「はいっ!!」
玖命の返事が、レンタルルームに響き渡る。
部下たちの死に、ゴブリンキングが怒りを見せるも、
「ガッ!?」
【威嚇A】を発動した玖命には、何の効果もなかった。それどころか、ゴブリンキングが呑まれるようなプレッシャーを玖命は放っていた。
刺すような圧力に、ゴブリンキングも最高の警戒を敷く。
背に携えた大斧を両手に持ち、構えも小さくしたのだ。
「さすがSランク……誘いには乗ってくれないか」
Eランクの伊達玖命が、Sランクのゴブリンキングに挑む。この構図を見れば、誰もがそう思うだろう。
しかし、その場にいる相田の目にはそう映っていなかった。
それはまるで、SランクがEランクに挑むような。そんな光景に見えたのだ。
「集中……集中……」
伊達のいつもの言葉が終わり、深く息を吸い、吐く。動かぬゴブリンキングに、玖命は言った。
「来い……!」
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