第106話 ◆奮闘と救援

「わ、私たちの事……ば、バレてますぅ!?」


 相田と川奈がレンタルルームの中にいる事を知ったゴブリンキングは、ひびの入った強化ガラスを指差した。

 次の瞬間、ゴブリンジェネラルとマスターゴブリンは力の限り強化ガラスを叩き始めた。

 何度も何度も叩きつけられる拳が、レンタルルームを揺らす。


「ギィア! ギィイ!!」

「ガァアアアッ! ガアアッ!」


 耳も、目も覆いたくなるような状況に、相田は勿論、川奈にも焦りが見える。

 震える相田を見、川奈にもそれが伝染する。

 歯がカチカチと鳴り始め、次第に恐怖に染まる。

 だが、それを止めたのは川奈のこれまでだった。


 ――川奈さん、一般人を守る際は必ず自分が前。戦闘系の天才が彼らの後ろに立つ事は絶対に許されない。それが俺たちの義務だからね。

 ――いいね、川奈さん! その調子でモンスターを引き付けて! ヘイト集めは使い方を間違えなければ、様々な状況で有効なんだ。たとえば、敵を集めるだけじゃなく、誘導する事も出来るでしょ?


「天才の義務……」


 そう呟き、大盾を構える川奈。


 ――おう、嬢ちゃん! 人間最後は結局気合いよ! どんな苦境に立たされようとも、そこに立ったならそれはもう嬢ちゃんの戦場だ。怖ぇ事は悪くねぇ。重要なのはその恐怖を飼い慣らす事だ。

 ――ちっげーよ! ぁにやってんだ嬢ちゃん! そこで誘導をミスるとチーム半壊だぞ、こら! 待て! おい! 泣くな! 泣くんじゃねぇ! ぶっ殺すぞ! だから泣くなって! ラーメン! いや、チャーシューメン奢ってやる! それで機嫌直せ! なっ!? よーし、どうどう!


「怖い事は……悪くない……! 大事なのは……その恐怖を飼い慣らす事……!」


 ぶつぶつと呟く川奈に、相田が反応を見せる。


「か、川奈さん……?」


 震える声を噛み殺し、震える心を押し殺す。

 次第に震えは収まり、川奈の心が奮い立つ。


「大丈夫、出来る……出来る……」


 大盾を突きだし、駆けだす川奈。


「っ! 川奈さんっ!?」


 ――たとえば、敵を集めるだけじゃなく、誘導する事も出来るでしょ?

 ――そこで誘導をミスるとチーム半壊だぞ、こら!


「私に出来るのは誘導これだけだからっ!」


 直後、川奈は壁にむかって叫んだ。


「集合っ!!」


 川奈が使ったのは天恵【騎士】の特殊技、ヘイト集め。

 しかし、それは強化ガラスに向いたのではなく、壁に向けられたもの。


「壁に……何で? ぇ?」


 瞬間、相田は目にする。

 罅の入った強化ガラスを殴っていたゴブリンジェネラル2体と、マスターゴブリンが側面の強化ガラスに向かったのを。


「そうか、攻撃の分散……!」


 そう、川奈は傷のない側面の強化ガラスの方へ、モンスターを誘導したのだ。

 本来、【騎士】のヘイト集めがBランク、Aランクのモンスターに効く事は少ない。少なくとも【聖騎士】の天恵が必要である。

 しかし、川奈は今回それを補う手段を講じた。


「集中……集中……」


 まるで、伊達玖命。

 玖命の口癖を模倣するかのように、自身を落ち着かせ、そう呟く。しかし、その目に燃えるのは、また別のモノ。


(気合い……! 人間最後は結局気合いっ!)


 集中力と気迫という見えない概念。

 だが、事実これで【騎士】のヘイト集めの威力が上がった。

 狙った訳ではない、確信もない。だが、川奈は自分のこれまでを信じ、行動に起こしただけなのだ。

 強化ガラス越しに見える……ゴブリンジェネラルとマスターゴブリン。

 殺意に染まる視線も、戦闘モードに入った川奈には届かない。


「集中……集中ぅ……!」


 3体の高ランクモンスターの動きを誘導する川奈の目は、真剣そのもの。しかし、この場でそれを揺るがす者がいた。

 それが、川奈の誘導に引っかからなかったSランクの怪物。

 目の端に映るゴブリンキングは、見えないはずの川奈を見、不服そうな表情を浮かべた。

 そして――、


「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!」


 再び咆哮を放ち、強化ガラス全体に罅を入れる。

 それは、とうとう側面の強化ガラスにまで届いてしまった。

 最早もはや、ダメージのない強化ガラスはない。

 それでも川奈は、


「集中……集中です……!」


 自分の中にある基本を貫いた。

 右を向けばゴブリンキングが拳を振りかぶり、前を向けば3体のモンスターが何度も強化ガラスを叩く。

 押し殺した恐怖に……再び火が灯る。

 涙目になりながらも、大盾を構え続ける川奈に、相田もまた涙していた。

 そして、決壊の時。

 ゴブリンキングの一撃は強化ガラスを貫き、その腕を抜くと同時、ガラスはバラバラと地面へと崩れていった。

 ニヤリと笑うゴブリンキング。

 川奈は遂にヘイト集めを諦め、相田の前に立って大盾を構えた。

 瞬間、川奈が吹き飛ぶ。


「きゃっ!?」


 ゴブリンキングの一撃は、ミスリルクラスの大盾に弾かれたものの、その威は川奈に大きな衝撃を与えた。壁に打ち付けられた川奈に駆け寄る相田。

 ヘイト集めが解除され、ゴブリンジェネラルもマスターゴブリンもレンタルルーム内へと侵入してくる。

 気絶する川奈を守るように相田がその肩を抱く。

 下卑た笑みを浮かべるゴブリンキングに、相田が返すのは、ただただ強き反抗心。

 その目が気に入らなかったのか、最初に動いたのは2体のゴブリンジェネラルだった。

 真っ直ぐ相田と川奈の前に向かい、にちゃりと笑みを浮かべ、拳を振り上げる。


「伊達くん……!」


 目を瞑り、自身の最期を悟った相田の前を……一陣の風が横切る。

 ごとり、ごとりという鈍い音と振動が相田に知らせる。

 何かが、起きたのだと。

 相田はそっと目を開け、涙に染まる瞳を更に震わせた。


「よかった……間に合った……」


 それは、今一番、世界で一番、相田あいだよしみが聞きたかった声、見たかった後ろ姿、会いたかった存在だった。

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