第95話 ◆一心と棗2
「玖命は天恵を得たものの発現はしなかった。これは一時期ニュースにもなったんだけどね」
四条は知っていた。
鑑定課に保存されている情報を見、玖命が【
「知っているかもしれないが、天才と一般人は群れる事が難しい。天才側が歩み寄ろうとも、一般人の恐怖は拭う事が出来ない。それはたとえ家族であってもだ」
「っ!」
口を結ぶ四条。それを見て一心は少しだけ目を見開いた。
だが、それ以上の反応を見せる事はしなかった。
「勿論、一般人が歩み寄らない訳じゃない。幸い、ウチもそうだったけどね。だから、玖命が死にそうな顔で……毎日毎日派遣所に行く姿を見て、いたたまれなくなってね……私はあらゆる手段を使って、玖命の天恵を発現させようと奔走した。周りが見えていなかったんだろうね。貯金を使い、借金をして、二人に迷惑を掛けた。勿論、それは今も同じだ。なんとも格好悪い不出来な親だった。あの子たち……私の話は出さなかっただろう?」
コクリと頷く四条。
「それがあの子たちの優しさであり、強さであり、親として
「はい……」
「あの子たちの嘘を、嘘のまま信じてあげて欲しい。そして、出来る事なら、これからも玖命と
「そんな事……」
「こんな事、親のエゴで、だらしない男の言い訳に過ぎない。だから、棗ちゃんの目で、この一ヶ月……あの二人を見てやって欲しい」
「私の……目……」
【魔眼】を持つ少女がこれまで言われた事のない言葉。
視るのではなく、見定めて欲しいという聞いた事のない頼み。
「ははは、空気を重くしちゃって悪かったね……もう二、三個……部屋に持って行くといい」
そう言って、一心は個包装のどら焼きを四条に渡す。
四条はそれを無言のまま受け取り、ぺこりと頭を下げてリビングから出て行った。
部屋に戻った瞬間、机に置いてあったスマホが着信を知らせた。
玖命―――もう少しで帰りまーす
四条棗――お前の親さ
玖命―――親父?
四条棗――やっぱりお前の親だな
玖命―――????
玖命の反応には何の返答もせず、四条は椅子にもたれかかり、天井を見つめながら言った。
「大事にしろよ、ばーか」
◇◆◇ ◆◇◆
「え~!? 伊達さん、しばらくお休みなんですかー?」
「うん、一ヶ月くらいなんだけど、聞いてない?」
天才派遣所の受付で、そんな会話をするのは
「そ、そんな連絡は――あ! メールできてる!? な、何で!?」
「あははは、伊達くんはビジネスに関する内容は、
「そ、そういえば!? むぅ……せっかく一緒にチーム組もうと意気込んで来たのに~」
ぶすっとする川奈の背で、異変が起きる。
ざわつく派遣所内。驚きの声と共に悲鳴すら交じる異常事態。
川奈が振り向くと、そこには目をギラつかせた
「よぉ嬢ちゃん……!」
「あれ? 鳴神さんじゃないですかー!」
そう、そこに立っていたのは、昨夜遅くまで玖命と行動を共にしていた
まるで友人との会話。
そんな異様な光景に相田が唖然とする。
「か、川奈さん……か、彼とお知り合い?」
「相田さんがこの前紹介してくれた現場にいらっしゃったんですよー」
「そ、そうなんだ……」
そう言うと、翔が相田を見る。ギロリと。
「ひっ!?」
普段物怖じしない相田だが、全てを威圧する翔の視線の前では、たとえ相田でも身体が硬直してしまうのだ。
「ネーちゃん、玖命、いる?」
「玖命っ? だ、伊達くんの事でしょうか……?」
「そうそう、伊達玖命」
「彼はしばらくお休みを頂いているので、いないかと」
「んだよ、やっぱりそうなのか。あの野郎、昨日帰った後、『しばらく構ってあげられないわ』とか連絡してきやがってよ。折角俺様がお気に入りのラーメン屋を紹介してやろうと思ったのに……ん? どうした嬢ちゃん?」
「私には業務連絡だったのに、鳴神さんには
溜め息を吐く川奈に、翔がポンと手を打つ。
「なるほど、嬢ちゃんも玖命に放置されてるって訳か」
「ほ、放置じゃないですー!」
「カカカカッ! んな事ぁどうでもいいんだよ。なら嬢ちゃん暇なんだろ? ちょっとラーメンでも付き合えよ」
「ラーメン! 私、カウンターという席に座ってみたいと常々思ってましたっ!」
「話が早くて助かるぜ! なら、ラーメン食った後、ウチの仕事手伝いな。ちゃんと派遣所経由にしてやんぜ」
「おぉ! いいんですかっ!?」
「嬢ちゃんだけFランクってのは格好がつかねぇだろ? はやいところE……いや、Dランクにでもなって、玖命を驚かせてやろうぜ!」
「おぉおおお! それは凄く良い考えですっ!」
「カカカカッ! その内、同じクランに入んだからよ! 今の内に交友を深めておくのも悪かねーだろ!」
「はっ!? もしかして翔さんも伊達さんのクランに!?」
「ロンモチよ! あんな楽しいタイマンが出来んなら、入るっきゃねーだろ! カカカカッ! 今日は気分がいいぜ! 後で訓練つけてやっから気合い入れとけよ!」
「はい! でもまずは――」
「――そう、ラーメンだ!」
そんな二人の会話を茫然と見ていた相田は、傾いた眼鏡を直しつつ、小首を傾げる。
「伊達くん……クラン作るの?」
そう呟くも、その言葉を拾う者は誰もいなかった。
相田の視線の先には、
「ラーメン!」
「ラーメン!」
「ラーメン!」
「ラーメン!」
そう言いながらスキップする川奈と翔の姿があったのだった。
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