第95話 ◆一心と棗2

「玖命は天恵を得たものの発現はしなかった。これは一時期ニュースにもなったんだけどね」


 四条は知っていた。

 鑑定課に保存されている情報を見、玖命が【無恵むけいの秀才】である事に。


「知っているかもしれないが、天才と一般人は群れる事が難しい。天才側が歩み寄ろうとも、一般人の恐怖は拭う事が出来ない。それはたとえ家族であってもだ」

「っ!」


 口を結ぶ四条。それを見て一心は少しだけ目を見開いた。

 だが、それ以上の反応を見せる事はしなかった。


「勿論、一般人が歩み寄らない訳じゃない。幸い、ウチもそうだったけどね。だから、玖命が死にそうな顔で……毎日毎日派遣所に行く姿を見て、いたたまれなくなってね……私はあらゆる手段を使って、玖命の天恵を発現させようと奔走した。周りが見えていなかったんだろうね。貯金を使い、借金をして、二人に迷惑を掛けた。勿論、それは今も同じだ。なんとも格好悪い不出来な親だった。あの子たち……私の話は出さなかっただろう?」


 コクリと頷く四条。


「それがあの子たちの優しさであり、強さであり、親としてかせてはならない嘘でもある。借金なんて、突っ込まれれば親のものだなんて事すぐにわかるのに、あの子たちはそれを前に出す事を拒んでいる。……あんなに素晴らしい子に育った……育ってしまった。私としてはもっと普通の生活を送って欲しかった。でも、それはもう難しい事。私が出来る事は少ないかもしれないけど、一生をかけてあの子たちに罪滅ぼしをしていくつもりだ。だからね、棗ちゃん」

「はい……」

「あの子たちの嘘を、嘘のまま信じてあげて欲しい。そして、出来る事なら、これからも玖命とみことの傍にいてあげて欲しいんだ。こんな事、親の私が頼む事自体おかしいとはわかってる。くだらない話だともわかっている。でも、玖命とみことが、棗ちゃんと気兼ねなく話している姿を見たら、この我儘を、我儘と知りながらも言うべきだと思ってしまった」

「そんな事……」

「こんな事、親のエゴで、だらしない男の言い訳に過ぎない。だから、棗ちゃんの目で、この一ヶ月……あの二人を見てやって欲しい」

「私の……目……」


【魔眼】を持つ少女がこれまで言われた事のない言葉。

 視るのではなく、見定めて欲しいという聞いた事のない頼み。


「ははは、空気を重くしちゃって悪かったね……もう二、三個……部屋に持って行くといい」


 そう言って、一心は個包装のどら焼きを四条に渡す。

 四条はそれを無言のまま受け取り、ぺこりと頭を下げてリビングから出て行った。

 部屋に戻った瞬間、机に置いてあったスマホが着信を知らせた。


 玖命―――もう少しで帰りまーす

 四条棗――お前の親さ

 玖命―――親父?

 四条棗――やっぱりお前の親だな

 玖命―――????


 玖命の反応には何の返答もせず、四条は椅子にもたれかかり、天井を見つめながら言った。


「大事にしろよ、ばーか」


 ◇◆◇ ◆◇◆


「え~!? 伊達さん、しばらくお休みなんですかー?」

「うん、一ヶ月くらいなんだけど、聞いてない?」


 天才派遣所の受付で、そんな会話をするのは相田あいだよしみと、川奈かわならら。


「そ、そんな連絡は――あ! メールできてる!? な、何で!?」

「あははは、伊達くんはビジネスに関する内容は、KWNカウンじゃなくてメールする人だからね」

「そ、そういえば!? むぅ……せっかく一緒にチーム組もうと意気込んで来たのに~」


 ぶすっとする川奈の背で、異変が起きる。

 ざわつく派遣所内。驚きの声と共に悲鳴すら交じる異常事態。

 川奈が振り向くと、そこには目をギラつかせたおとこが立っていた。


「よぉ嬢ちゃん……!」

「あれ? 鳴神さんじゃないですかー!」


 そう、そこに立っていたのは、昨夜遅くまで玖命と行動を共にしていた鳴神なるがみしょうだった。

 まるで友人との会話。

 そんな異様な光景に相田が唖然とする。


「か、川奈さん……か、彼とお知り合い?」

「相田さんがこの前紹介してくれた現場にいらっしゃったんですよー」

「そ、そうなんだ……」


 そう言うと、翔が相田を見る。ギロリと。


「ひっ!?」


 普段物怖じしない相田だが、全てを威圧する翔の視線の前では、たとえ相田でも身体が硬直してしまうのだ。


「ネーちゃん、玖命、いる?」

「玖命っ? だ、伊達くんの事でしょうか……?」

「そうそう、伊達玖命」

「彼はしばらくお休みを頂いているので、いないかと」

「んだよ、やっぱりそうなのか。あの野郎、昨日帰った後、『しばらく構ってあげられないわ』とか連絡してきやがってよ。折角俺様がお気に入りのラーメン屋を紹介してやろうと思ったのに……ん? どうした嬢ちゃん?」

「私には業務連絡だったのに、鳴神さんにはToKWトゥーカウですかぁ……」


 溜め息を吐く川奈に、翔がポンと手を打つ。


「なるほど、嬢ちゃんも玖命に放置されてるって訳か」

「ほ、放置じゃないですー!」

「カカカカッ! んな事ぁどうでもいいんだよ。なら嬢ちゃん暇なんだろ? ちょっとラーメンでも付き合えよ」

「ラーメン! 私、カウンターという席に座ってみたいと常々思ってましたっ!」

「話が早くて助かるぜ! なら、ラーメン食った後、ウチの仕事手伝いな。ちゃんと派遣所経由にしてやんぜ」

「おぉ! いいんですかっ!?」

「嬢ちゃんだけFランクってのは格好がつかねぇだろ? はやいところE……いや、Dランクにでもなって、玖命を驚かせてやろうぜ!」

「おぉおおお! それは凄く良い考えですっ!」

「カカカカッ! その内、同じクランに入んだからよ! 今の内に交友を深めておくのも悪かねーだろ!」

「はっ!? もしかして翔さんも伊達さんのクランに!?」

「ロンモチよ! あんな楽しいタイマンが出来んなら、入るっきゃねーだろ! カカカカッ! 今日は気分がいいぜ! 後で訓練つけてやっから気合い入れとけよ!」

「はい! でもまずは――」

「――そう、ラーメンだ!」


 そんな二人の会話を茫然と見ていた相田は、傾いた眼鏡を直しつつ、小首を傾げる。


「伊達くん……クラン作るの?」


 そう呟くも、その言葉を拾う者は誰もいなかった。

 相田の視線の先には、


「ラーメン!」

「ラーメン!」

「ラーメン!」

「ラーメン!」


 そう言いながらスキップする川奈と翔の姿があったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る