第94話 ◆一心と棗1

「それじゃあスーパー行って来るんで、四条さんはごゆっくりー。あ、すぐ戻るんで」


 玖命が護衛をするといっても、それはあくまで在宅時。

 可能な限り四条の傍にいるものの、昨日の翔の呼び出しのように、イレギュラーな事態には玖命も外出せざるを得ない。

 現状、四条の家こそ知られているものの、四条が伊達家にいるという情報は外部に漏れていない。

 それは、天才派遣所情報部の調査課が太鼓判をす程である。

 それでも安全にと、玖命含む伊達家は慎重に日々を送っている。

 みことと四条は連絡先を交換し、他愛のない会話を繰り広げる。


 超心臓――ねーねー

 四条棗――何だよ

 超心臓――暇

 四条棗――生憎あいにく私は仕事中だ。大好きなお兄ちゃんに構ってもらいな。

 超心臓――お兄ちゃんスーパーに行ったでしょ?

 四条棗――どんだけ密に連絡とってんだよ。ところで、昨日とKWカウネーム違うよな?

 超心臓――あ、気付いた?私もランクアップしました!

 四条棗――みことだから心臓なのはわかるけど、超ってのはなんだよ?

 超心臓――この前お兄ちゃんに命を救ってもらったからね。そう、私は命を超越したのです!

 四条棗――はいはい

 超心臓――あ

 四条棗――何だよ?

 四条棗――おい

 四条棗――つーかお前学校だろう?

 四条棗――おーい

 四条棗――大丈夫かー?

 超心臓――ごめんごめん。お父さんから連絡あっただけ。もうすぐ帰るって

 四条棗――は!?早くないか?まだ昼過ぎだぞ?

 超心臓――お父さんの会社、フレックスタイム制導入してるから、結構自由きくんだよ

 四条棗――めっちゃホワイトじゃん

 四条棗――待て

 四条棗――まてまてまて

 超心臓――どうしたの?

 四条棗――という事は、私と一心いっしんさん二人だけ?

 超心臓――お兄ちゃんがスーパーから帰って来るまではそうだろうね

 四条棗――え、めっちゃ気まずいじゃん

 超心臓――昨日七並べで打ち負かされた仲でしょ? 大丈夫

 四条棗――あれはあれ、これはこれだ

 超心臓――大丈夫大丈夫、それじゃ授業始まるから後でねー

 四条棗――おい

 四条棗――おいおい

 四条棗――おーい


 みことからの反応はなく、四条はへの字に口を結ぶ。


「暇だったんじゃないのかよ……ったく」

『ただいまー』


 そんな中、伊達一心いっしんの帰宅を知らせる声が届く。


「わっわっ!? えっと……コホン」


 咳払いの後、四条は部屋のドアを開ける。


「お、おかえりなさい……」

「やぁ、棗ちゃん。会社で出張に行ってた上司からお土産もらってね。お茶淹れるから一緒にどうだい?」

「え!? え、えっと…………はい。す、すぐ行く……ます」

「よかった。それじゃリビングで待ってるね」


 ドアを閉め、ガクンと膝を落とす四条。


「こ、断れなかった……」


 部屋に籠ってやり過ごす案もあった。

 しかし、まだ伊達家に身を置いて二日目。

 四条が我儘わがままを通すには早すぎたのだ。


「し、仕方ない……のらりくらりしてれば、きゅーめーが帰って来るだろ」


 直後、四条のToKWトゥーカウが反応する。


 玖命―――隣町のスーパーの方が卵が10円安いみたいです。特急で買ってきます^^

 四条棗――ばか!ばかばかばか!!ばーーーーか!!!!


 玖命の援軍はない。

 四条は諦めの溜め息を吐き、ぺちんと自身の頬を叩いてから部屋を出た。

 リビングに入ろうとした瞬間、四条は足を止める。

 そこには神妙な面持ちの一心が座っていたのだ。

 一心の視線がジロリと四条に向く。


「ひっ!?」

「棗ちゃん」

「は、はい!」

「…………どら焼きみたいなんだけど、煎茶でいいかな?」

「あ……は、はい」


 一心の溜めが心臓によくなかったのか、四条は胸に手を当てホッと息を吐く。


「じゃあ、そこね」


 お皿とその上に二つのどら焼き。

 そして、隣に置かれた煎茶。

 それらを前にして、一心が手を合わせる。


「いただきます」

「あ、ぅ……い、いただきます」

「京都の有名なお店らしくてね、部長が気を利かせて買ってきてくれたんだ」

「へ、へぇ……そうなんですね」


 返答に困りながらもなんとか返す四条。


(どら焼きは美味いが……話が続かない……)


 話という話はなく、ただ二人は黙々とどら焼きを食べる空間。

 どら焼きをペロリと平らげた四条は、煎茶を飲み干そうと湯呑に手を伸ばす。勿論、早々に切り上げ、仕事を理由にその場を離れるためである。

 しかし、


「さて、棗ちゃん」

「え!?」

「昨日は話せなかったから、少しだけ時間いいかな?」

「…………はい」

「ははは、悪いね。何、家の事はみことと玖命に任せてるからね。別に何の心配もしていないんだ」

「はぁ……」

「でも、私も父親。あの二人の事ともなれば話は別だ」

「……はい」

「ウチの事、あの二人からどこまで聞いてるんだい?」


 四条が小首を傾げる。


「えっと……この家には昔から借金があるって。でも、きゅーめー……あ、玖命が天才になったおかげで債権がまとめられて、何とか出来るようになったとか……」

「はははは、やっぱりそんな風に伝わってたのか」

「え、ち、違うの?」

「借金は確かにあるねぇ。でも、昔からじゃないんだ」

「でも……」

「そうだね、あの二人はそう言うようにしてるって事だね」

「じゃあ……」

「そう、ウチの借金は玖命が天才になった時に出来たものなんだ」

「そ、それって――」

「――私の失敗だよ」

「っ!」


 遂に四条は言葉に詰まってしまった。


「こんな事、ウチに来たばかりの棗ちゃんに聞いてもらう事ではないんだけど、あの二人と棗ちゃんのために、是非聞いておいて欲しいんだ」

「きゅーめーとみことと……私のため?」

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