第92話 ◆漢の拳

「はぁあああああ~~~」


 翔は自分の右拳に息を吐きかけ、2条の槍を巧みに回して構えるリザードキングを見据えた。

 そして、リザードキングの殺気が最高潮に達した時、翔は目を見開き駆け出した。

 ニヤリと笑うリザードキングに対し、表情を見せぬ翔。

 リザードキングは2条の槍を投げ、更に玉座の裏から槍を取る。

 右へかわし、左へかわす。リザードキングは尚も槍を投げるも、翔の動きは徐々に繊細になり、やがて紙一重にかわす。

 無駄を省いた最速のダッシュは、リザードキングの槍をも超えた。

 最後の槍を取り、翔の接近に備えるリザードキングだったが、その速度は、リザードキングにはもう捉え切れなかった。

 やぶれかぶれに突いた最速の突きは、翔を捉える。

 だが、それは翔の残像だった。

 リザードキングが気付いた時、翔はその足下へと辿り着いていた。


「歯ぁ食いしばれやボケェエエエエエエッ!!」


 跳んだ直後、翔の拳はリザードキングの腹部を撃ち抜いた。

 次の瞬間、翔はリザードキングの腹部を通り抜け、その背後に立っていたのだった。


「カカカカッ! 中々良いタイマンだったなぁ、おい?」


 翔が振り向いた時、リザードキングは既に膝を突き、そのまま大地に身体を倒していた。


「お? おぉ!?」


 リザードキングを倒した直後、翔の目の前に出現したメッセージウィンドウ。


 ――おめでとうございます。天恵が成長しました。

 ――天恵【拳皇けんおう】を取得しました。


「カカカカッ! そろそろだとは思ってたが、今日この日だとはな!」


 豪快に笑う翔の背に、再び悪態が届く。


「おい! 終わったんだろ!? 翔! 翔さーん!!」

「リザードマンの出現ももう止まんだろ? 残りは頼むわ、カカカカカッ!!」

「嘘だろ!? おい! 翔! この! 翔ぉおお!?」

「おらおら! 倒せば倒すだけ金が手に入んぞ! 気合い入れろやぁ!!!!」

「くっ! 背に腹はかえられない……! くそぉおおおお!!!!」


 翔は玖命の窮地を笑い、一分一秒と成長するその姿を、嬉しそうに眺めていたのだった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 ――おめでとうございます。天恵が成長しました。

 ――天恵【拳聖】を取得しました。


「はぁ……はぁ……はぁ……ま、まさかここまで成長するとは思わなかった…………ふぅ」


 どっと腰を落とし、大きな疲労を隠せない玖命。

 玖命がチラリと横を見ると、ニカリと笑う翔の姿があった。


「玖命ぇ……?」

(やっぱり、この戦闘の成長率は翔も疑問に思ったか……)


【探求】の説明をしなくてはならない。

 そう観念した玖命だったが、翔の反応はソレとは大きくかけ離れていた。

 瞬間、背中に伝わる衝撃。


「いっつ!?」


 翔は、玖命の背中をバシンと叩き、


「お疲れだおらぁ!!」


 仕事を労ったのだ。


「カカカカッ! ここまでやるたぁ、想像以上だったぜ! ホントにEランクかよ、おい?!」

「ははは、はやいところCランクまで上がりたいな」

ポータル破壊か、何だ、金が必要なのか?」

「まぁそうだな。この軽鎧けいがいもブロンズランクだし……」

「ほーん、そいつぁ今回のアガリで何とかなるんじゃねーの?」


 翔が見渡す謁見の間。

 おびただしい血の海……それ以上に積み上がるリザードマンの死体。


「軽く1000体はいんだろ? カカカカッ!」

「翔が最初に吹き飛ばされなかったら、900体くらいで済んだんだよ」

「ありゃしょうがねーだろが!」

「いや、注意してれば翔ならかわせた」

「ぐぅっ!? ホント細けぇヤローだ……」


 翔から小言を貰いつつ、玖命は解体を始める。


「おい、まだボス復活まで時間あんだからちったぁ休もうぜ?」

「いや、出来るだけ早く帰りたいんだよ」

「何でぇ? 仕事か?」

「あぁ、護衛の仕事がある」

「ふーん……そりゃしょーがねーな。んじゃ、俺様も手伝ってやんよ」

むしろ、手伝わないつもりだった事に驚きだよ」

「さっきから当たりが強くねーか?」

「あのリザードキングの槍、当たりどころが悪かったら死んでたなー」

「わーったわーった! やんよ! やればいいんだろっ!?」


 翔はついに玖命の小言に観念し、解体を手伝い始めた。

 ブツブツ言いながら解体する翔にクスリと笑う玖命。長い長い解体作業も、二人は音を上げず着実に終わらせていく。


「玖命」


 解体も半ばを過ぎた頃、翔が玖命に声を掛けた。


「どうした?」

「お前ぇ、クランには入ってねーんだろ?」

「え? あぁ、そうだな」

「入る予定は?」

「今のところないかな? 今度【大いなる鐘】の訓練を見学する事になってるけど……」

「何だ、越田のヤローとも面識あんのか?」

「一方的にね」

「なーる」

「なんだよ、気持ち悪いな?」

「んや? クラン作るつもりはあんのか聞きたくてな」

「……なんでまた?」


 玖命が手を止め、翔に振り向く。


「そりゃお前ぇ、玖命が作ったクランなら楽しいだろうからよ」

「なんだよ、作ったら入るって?」

「そう言ったつもりだが?」


 目を丸くする玖命。

 ふざけた様子のない翔に、玖命は慌てて言う。


「つ、作るって言ってもCランクになってからだぞ? それに作ったとしても、そこにシングルの翔が入るのかっ?」

「あぁ? 作ったらどうせあの嬢ちゃんも入んだろ? そしたらあの嬢ちゃんが壁やって、玖命が色々やって――」

「――色々って」


 呆れ交じりに突っ込む玖命を前に、翔がニヤリと笑う。


「ロンモチ、特攻ぶっこみは俺様だろう?」


 ポカンと口を開ける玖命と、豪快に笑う翔であった。

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