第84話 相田と四条と玖命と。

「それじゃあ、四条さんの【魔眼】を快く思わない天才が、【はぐれ】を使って四条さんを狙ったという事ですか?」


 翌日、天才派遣所八王子支部の応接室に、俺と四条さんは呼ばれていた。

 聴取を担当してくれたのは、付き合いの長い相田よしみさん。

 本来、本部まで足を運ぶべき事態だが、上も上で今回の件で忙しいらしく、聴取内容を相田さんに一任したという事だ。

 まぁ、聞く内容は基本的に決まっているから、相田さんは報告をあげるだけだし、俺たちも話しやすい相手である事から、八王子支部で受ける事になった。

 ……何より、行くのが面倒臭い。

 相田さんの総括に俺と四条さんは見合ってから頷いた。


「私の【魔眼】は……自己申告組の天恵を覗く事が出来るから……」


 四条さんがそう言うと、相田さんはハッとした顔で深刻そうな顔を浮かべた。


「虚偽申告……その可能性があるという事ですね?」

「鑑定課が覗けなかった天才が、虚偽の申告をし、それを暴かれる事を恐れ……【はぐれ】に四条さんの暗殺を依頼した。俺もその可能性があると思っています。それと――」

「――それと?」

「奴の鉄腕……あれはアーティファクトでした」


 直後、相田さんが立ち上がる程の驚きを見せた。


「ほ、本当なのっ?」

「本部からまだ連絡はきてないんですか?」

「今朝の段階ではまだ。昨日の事件は夜だったから、本部までで止まってるのかも」

「もしくは、こちらからの連絡で擦り合わせを考えているのかもしれませんね」

「確かに……でも、アーティファクトですか……」


 相田さんの神妙な面持ちに、四条さんが小首を傾げる。


「ぇっと……あの鉄腕がアーティファクトだと……何か問題なんですか?」


 四条さんは、相田さんの前ではこの虚偽の性格を演じるつもりらしい。まぁ、誰も被害を受けないだろうし、別に気にする事でもないか。

 そもそも、彼女は演技それが必要だと思っているからだろうし。

 俺は四条さんにある仮説を話す。


「アーティファクトを販売している企業はそう多くありません。【はぐれ】にアーティファクトを売り捌いている企業があるとしたら、今回の暗殺にも関わっている可能性もあるという事ですよ」

「企業が……私の暗殺を……?」

「場合によっては、企業自体がアーティファクトの虚偽販売をしている事も視野に入れなくてはならないかと」

「そ、それって……!」


 四条さんも遂に立ち上がった。

 だから俺は四条さんに確認するように聞いた。


「四条さん、アーティファクトに付与されている天恵も、鑑定課は覗く事が出来ますよね?」

「ぇ……ぅん」

「その鑑定をすり抜け、質の低い天恵を、高く見せて販売している企業があるとしたら……」

「そんな…………で、でも……【鑑定】でわからなかったアーティファクトは私に回されるって話ですけど……今まで回ってきた事なんかないですよ?」

「なので、仮説ですよ。でも、天恵を隠せる天恵がないとも言えない世界ですから。それに、アーティファクトを手に入れる方法は無数にあります。あの【はぐれ】も、天才や企業からアーティファクトを盗んだのかもしれませんし、天才から購入、若しくは譲ってもらった場合もある。でも、あれは義手。本人用に調整しなければならないはず。その可能性は低いと言わざるを得ません」


 そう説明すると、相田さんは眉間を押さえて腰を落とし、四条さんは腰が抜けたようにストンと椅子に座った。


「相田さん」

「え? ……どうしました?」

「四条さんには今後護衛は付くんでしょうか?」

「あ……そ、それは……まだ、私からは……」

「そうですよね……昨日の今日ですから」


 中々難しい事になってきた。

 どのような理由があれ、現状、四条さんは命を狙われている。

 今日は俺が迎えに行ったが、今後もそれが出来るかと言われると難しいと言わざるを得ない。

 しかし、四条さんは鑑定課の人間。

 鑑定課といえど派遣所の人間である事には変わりない。

 だからこそ、護衛を付けるというのは非常に難しい。

 今回の【はぐれ】羽佐間陣はAランク〜Sランクの実力があった。

 奴程の実力者を用意した【はぐれ】に対応するには、当然、同程度の護衛が必要になる。

 しかし、一度ならまだしも、いつ終わるかもわからない護衛。長期間高ランクの天才を護衛として四条さんに付けるには、やはり資金的にも厳しいだろう。

 相田さんもそれに気付いているから、こんなに申し訳なさそうなのだろう。


「あ、天共は?」


 俺が思い出したように言うと、四条さんが小首を傾げる。


「てんきょー……何ですか、それ?」

「天才共済ですよ。天共とか才済とか言われてます。ほら、天才の報酬や、内勤さんが給料からほんの数百円引かれてる共済金があるじゃないですか。あの共済金は天共がプールしておいて、加入してる人たちに何かあれば、そのお金を困ってる人に渡せる機構です。あれで高ランクの天才を雇えるんじゃ……?」


 すると、相田さんは少しだけ困ったような表情を浮かべる。


「今回の件、おそらく共済金の支払いも認められるでしょう。ですが、今回の事実確認含め、支払いまでには最低でもひと月はかかると思うわ」


 なるほど、それまでは何とか耐えなくちゃいけない訳か。

 さて……どうする。

 皆が俯き、何の案も出ずに応接室に沈黙が流れた。

 すると、俺のスマホが振動して着信を知らせた。俺の連絡先を知っている人間はそう多くない。ほんの十件程の連絡先の内二人は、この場にいるのだから。

 スマホを見ると、そこには見慣れた名前が表示されていた。


「……みこと?」

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