第83話 ◆鉄腕の男2

「シャアアアアアッ!!」

「ハァアアアアアッ!!」


 無数に響き渡る金属音。

 鈍く、高く、重く、激しい音が夜の住宅街に響き渡るのだ。

 周囲の建物から電気が消えていく。

 それが、一般市民が天才派遣所に教わる深夜のモンスター対処法だからである。

 家に誰もいないという事を外に示すため、家の光という光を消す。

 誰も天才きゅうめいが【はぐれ鉄腕の男】と戦っているとは思わない。それだけモンスターは世界にありふれていた。

 勘違いするのも無理はなかった。


 そんな中、四条しじょうなつめは見た。

 Eランクの男が、【上忍】の天恵を持つ鉄腕の男と互角に戦っているその事実。

 伏せながらも垣間見える数多の斬撃。

 鉄腕の男も玖命の攻撃を防いでいるものの、攻め切る事が出来ていない。


 ――【探究】の進捗情報。天恵【剣聖】の解析度22.9%。天恵【聖騎士】の解析度7.2%。天恵【武将】の解析度12.9%。天恵【上級戦士】の解析度68%。天恵【狩人】の解析度33%。天恵【魔導士】の解析度33%。天恵【白魔術士】の解析度33%。天恵【腕力B】の解析度91%。天恵【頑強B】の解析度3.0%。天恵【威嚇D】の解析度17%。天恵【脚力D】の解析度25%。天恵【魔力D】の解析度13%。天恵【拳士】の解析度30%。


(きゅーめー……お前、ホントに……何なんだ……!?)


 戦えば戦う程に、玖命の動きが良くなり、鉄腕の男が対応に追われる。


「くっ、何なのだ、お前はっ!」


 ――成功。適正条件につき対象の天恵を取得。

 ――羽佐間はざまじんの天恵【中忍】を取得しました。


「馬鹿な、更に速くなるのかっ!?」

「質より量って事ですよ、今はまだね!」

「基礎能力はAランクを超えている……明らかにっ!」

「ハァッ!」

「お、俺の苦無を……いつの間に!? くっ!」


 5本、4本、3本、2本、1本……玖命は羽佐間の技に倣い、【狩人】の天恵によって更に研ぎ澄まされた攻撃を繰り出す。


「これで最後! ――なっ!?」


 更に続く羽佐間を模した技。

 苦無の後に迫るのは、両腕を交叉した玖命の突進。

 羽佐間と違う点は、右手に刀を持っている事。


「ならば……これならどうだ!?」


 羽佐間は這うような姿勢から、玖命の右手に向かって鋭い蹴りを放った。


「ば、馬鹿なっ!?」


 だが、押し切ったのは玖命の蹴り。

【拳士】によって向上した体術が、羽佐間の蹴りに対し咄嗟に玖命を反応させた。

 体勢を崩した羽佐間に対し、玖命は刀を振った。

 峰に返し、狙う先は羽佐間の……後頸部こうけいぶ


「すみません、全部覚えてしまいました」


 直後、玖命は羽佐間の意識を刈り取ったのだった。


(す……すげぇ……!)


 四条は怪我の痛みなど忘れ、ただ玖命の背を見続けていた。

 倒れる羽佐間の身体を見、玖命が呟く。


「……これで、少しだけ質が伴ったかな」


 ――成功。最高条件につき対象の天恵を取得。

 ――羽佐間陣の天恵【上忍】を取得しました。


 ホッと一息吐く玖命だったが、すぐに四条の怪我を思い出す。


「ご、ごめん! すぐに治しますね」

「え……あ……ぅん」


 遠くからサイレンの音が聞こえる中、玖命は四条に回復術を施した。


(ほ、本当に【回復術士】の天恵まで持ってるんだ……)


 俄には信じがたかった玖命の申告。

 鑑定課に持ち帰り、報告と共に笑われた情報だったが、その情報を上回る現場をその目で目撃した。

 だが、何より気になるのは――、


「きゅ、きゅーめー……」


 回復した膝を抱え、四条が聞く。


「どうしました? まだ痛みます?」

「そ、そうじゃなくて……その、何で追ってきたんだ?」

みことに言われたからってのもありますけど……家まで送るって約束したじゃないですか」

「……いいって言ったのに?」

「俺は同意してませんよ」

「こ、今回は一筆書いてないぞっ」

「だから守るんですよ。約束も、四条さんも」


 屈託のない笑顔で玖命が言うと、四条は言葉に詰まり、膝の間に顔を隠した。


「ぅるさい……黙ればーか」


 あからさまな照れ隠しに、玖命は苦笑する。

 そこから先、四条は玖命と目を合わせる事はなかった。

 そう、警察と天才派遣所の捕縛隊が来るまで。

 簡単な事情聴取の後、派遣所に連携され、自身もその報告をする。

 羽佐間が運ばれて行った後、ようやく玖命がホッと息を漏らす。

 壁にもたれかかり、膝を崩す。

 場所を選ばぬその行動に、四条は知る。

 彼がどれだけの緊張状態を耐え抜いていたのか。


(強かった……赤鬼エティンより、あの近衛より……! 一歩間違えればこちらが命を落とす程に、あの羽佐間の実力は群を抜いていた。あのリザードマンとの連戦がなければ、翔から【拳士】を得ていなければ、ここで【中忍】を得られなければ…………死んでいた)

「きゅ、きゅうめー……?」

(強くならなくちゃいけない……強く在らなくちゃいけない……もっと学ばなくちゃいけない……もっと強く、速く……だから――)

「きゅーめー! きゅーめーってば!」

「よしっ!」

「ゎぁ!?」


 意気込んだ玖命に驚き、四条が尻もちを突く。


「きゅ、急になんだよぉ?」

「とりあえず……送ります」


 当初の目的である護衛。

 それを完遂すべく、四条をひょいと抱え上げた。


「ちょちょちょぉおっ!?」

「まだ膝に痛みが残ってるはずです。何度も経験しましたからわかるんですよ」

「そ、そりゃそうだけど……で、でもやっぱだめ!」

「むぅ……では仕方ないですね」


 その夜、天才同士の戦闘という名の騒音苦情が入った。

 しかし、それとは違う苦情もあったのだ。

 苦情の内容は、少女を背負う成人男性と、背中で延々と文句を言う少女の騒音苦情だった。


「きゅーめー! おんぶってどういう事だ!? もっと他にあっただろうが!!」

「だって台車もないですし」

「台車!? お前、私をそんな荷物みたいに運ぶつもりか!? ふざけんなよ、ばーか!」

「ところで、寮って本当にこっちなんですか? この道、さっきも通った気が……」

「ちょ、ちょっと道を間違っちゃっただけだよ! いいから私の言う通りに歩いてればいいんだよ!」


 その騒音被害は、小宮の各所で報告があがったそうな。

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