第81話 ◆帰り道2

 息を乱し、顔を火照らせ、寮へ向かう女――四条しじょうなつめ

 玖命から逃れるように駆け、見つからぬように迂回し、時には転びそうになり、時には振り返り、玖命が来ていないか確認する。

 玖命がいない事にほっと胸を撫でおろし、四条は胸に手を当て、息を整える。


「はぁはぁはぁ……こ、ここまで来れば…………って、私、何で逃げるような事……」


 それは、自問とは言い難かった。

 何故なら、四条には理解出来たのだから。

 四条は玖命に触れ、伊達家に触れ、自分の不甲斐なさを知った。

 どんな困難も乗り越えてきた眩しい、眩しい伊達家に対し、自分がやった事は何だったのか。

 ただただ怒り、物に当たり、人に当たった。

 猫を被る事で生きる道を模索したものの、それは自分にとって正解だったとは思えない。

 伊達家の光から逃れ、避け、背ける事で自分を保とうとしたのだ。だが、それもまた四条の本意ではなかった。

 距離を置き、触れられないのであれば見ていたい。

 そう考え、否、そう考えた事をも目を覆い、見なかった事にした。

 楽しい事を求め、近隣を歩き、やって来たショッピングモール。

 遊び相手を見つけ、玖命に近付き、三人で行った喫茶店。

 全てに反発し、不服ながらも、自分の全てを出せた。

 伊達家に行き、その温かさを知り、自分の全てを見せてしまった。

 それが、心地よく、気持ち悪く……心に去来したのは――、


「今日は、楽しかった……のかな?」


 ようやく出来た自問。

 激しい動悸も、苦しくはない。

 むしろ、このまま続いてくれなければ、自分はどうなってしまうのか。そう思い、四条はギュッと自身の胸を抱えた。


「情報通り、見目麗しい少女」


 だが、四条の動悸は止められてしまった。

 家屋の屋根から聞こえた低い声。

 全身黒い装束で固めた鉄腕の主。

 瞳に映る巨大な男に、四条は息を呑む。


「だ、誰だよ……お前……」

「ん? 口調は情報と違うが……お前、四条だろう?」


 その問いに答えれば、自分は攻撃を受ける。

 四条にはそれが理解出来た。

 何故なら、男が放つ殺気ソレは、四条をも包み込んでいたのだから。


「くっ……!」


 すぐに四条は走り始めた。

 答えを言ったところで殺される。

 だから、力の限り走る事だけを考えた。


「逃げるか……まぁ、それもやむなし」


 鉄腕の男は、闇に消え、風が少しだけ四条の方へと動いた。


「はぁはぁはぁはぁ……! っ! はぁはぁはぁはぁ!」


 四条は走った。

 つまずこうとも、転ぼうとも、走るしかなかった。


(何だ……何だあいつ!? 【はぐれ】か!? 何で私の事……私……何で!? ただの鑑定課だぞ!?)


 過去、鑑定課の人間が狙われたケースはない。

 上層部の人間が狙われる事はあったものの、鑑定課の末端で、入ったばかりの四条が狙われるなど……、


(いや……【魔眼】か!?)


 四条は走りながら一つの答えに行き着く。

 四条の天恵【魔眼】は、【鑑定】でさえ視る事の出来なかった天恵を捉える事が出来る。

 玖命を含め、過去、【鑑定】では覗けなかった天恵の持ち主はいる。

 当然、その者たちは自己申告をし、派遣所に登録をしている。

【鑑定】の天恵が成長し、【魔眼】となった四条の仕事は、それら自己申告組の情報を確定させる事にあった。


(自己申告組の中に……誤った天恵を申告している奴がいる……!)


 四条はそれに気付き、背後に迫る鉄腕の男を視た。


(【上忍】! 【下忍】、【中忍】の更に上の天恵! これだけ珍しい天恵を持った奴を私が知らないはずがない! 決まりだ! 奴は【はぐれ】確定! つまり、派遣所の天才と【はぐれ】に繋がりがある……! なんてこった! くそっ!)


 四条の速度は一般人のソレと大差ない。

 だからこそ、鉄腕の男は、四条をすぐに殺す事が出来た……はずだった。


(後方から何かが接近している……? 何だ?)


 背後から迫る存在に気をとられ、四条との距離を詰めつつも、大きく動く事が出来ずにいるのだ。


「ふん、ならば……」


 鉄腕の男が懐から取り出したのは――苦無くない。取り出すと共に、苦無を投げる。

 狙う先は四条の胴体。


(今の状況で頭部を狙うのはリスクが大きい。ならば、確実に当て、動きを封じる……!)


 鉄腕の男がニヤリと笑った直後、苦無に異変が生じる。


「なっ!? ファイアボールだと!?」


 そう、苦無は四条の背に当たる直前、炎の球によって弾かれたのだ。


(くっ……速い! この俺よりも……!)


 背後からの圧力を感じつつ、四条との距離を詰める鉄腕の男。


(今なら殺れる……!)


 鉄腕の男の殺気が高まると同時、四条の体力に限界がきた。

 足がもつれ、大きく体勢を崩し、転がるようにアスファルトに倒れ込む。


「ぁ……っ……」


 膝から激しい痛み。流れる血。

 一気に距離が縮まった。それを好機と見た鉄腕の男は、四条の瞳の中で……わらった。


「死ね……」

「はぁはぁ……連絡先……聞いとくんだった……きゅーめー……!」


 鉄腕の男の動きが最速に達する。

 絶命の一撃を放つ一瞬、


「じゃあ、連絡先交換しましょうか?」


 その一言と共に現れ、暗殺者の一撃を止めたのは、


「きゅ、きゅーめー!?」


 そう、四条を追い、攻撃を掻い潜る音を聞き、現場に駆け付けた男――伊達玖命。


「よかった、間に合って」


 最速の一撃を受け止めつつも、四条を気にする余裕のある不可解な男の出現。

 鉄腕の男は、この不可解を解決する策は持ち合わせてはおらず、すぐに玖命の刀から小刀を離し、後退を選んだ。

 距離を取り、警戒を色濃く見せる鉄腕の男。


「何者だ……?」


 すると、玖命は言った。

 鉄腕の男の殺気を大きく上回る闘気を放ち、


「彼女の護衛だよ」


 呟くように、そう言ったのだ。

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