第80話 帰り道1

 みことの提案とはいえ、まさか四条を家に招くとは……今朝の俺には信じられないだろうな。


「ほ、本当に送ってくのかよ? 一人で帰れ――」

「――だめ」


 四条の否定の言葉をスパッと止めたのは当然、みこと

 俺はクスクスと笑い、四条に言った。


「ちゃんと送られてやってください」

「……はぁ、仕方ねーな」


 四条は靴を履き、俺もその後に続く。

 玄関には親父とみことが見送りに来ると、四条は恥ずかしそうに小さく頭を下げる。


「これ、本当にもらっちゃっていいのか……?」


 それは、みことが着られなくなった洋服のお古。

 みことの部屋に入った四条に、みことが「お古の服はいらないか?」と聞いたところ、取り出した服を見て目を輝かせていたのが、隣の殊勝な四条さん。

 洋服の入った紙袋を抱え、みことに聞くも、


「大丈夫大丈夫。もう着られなくなっちゃったやつだから」


 確かに、みことと四条の身長差を考えると、ちょうどいいかもしれない。とはいえ、みことの服は、家の事情もあり、そう多くない。

 四条もそれを理解していたようで、珍しく遠慮気味だった。

 だが、それでも欲しいというのには理由があった。

 ……が、みことも四条もそれを教えてはくれなかった。

 家から出ると、俺は四条と共に歩き始めた。


「刀、持って行くんだな」

「夜はモンスターの動きが活性化しますからね。昼間見つかっていなかったとしても、普通に路地を歩いている事もあるのが今の世の中ですから。ところで、質問があるんですけど」

「何だよ」

「初めて八王子支部で会った時、八王子の事『ど田舎』とか言ってましたけど……四条さん八王子住みなんですよね?」

「…………」


 何か……黙ったな?


「……寮だよ寮」

「実家は違うと?」

「吉祥寺にある」


 それはなかなか強いな。


「し、新宿支部の近くに寮なんて高くて建てられる訳ないだろ! だから八王子に寮が建ったんだよ! 何か文句あるか!?」

「いや、別にないですけど、八王子に愛はないんですか?」

「私、何を説かれてるの?」


 何て純粋な目なんだ。


「いいところじゃないですか、八王子」

「それはきゅーめーが八王子の全てを知らないからだ」

「……寮ってどこにあるんですか?」

「……小宮」

「…………」

「何か……黙ったな? おい、今黙ったよな?」

「え、じゃあ今から小宮まで送らなくちゃいけないんですかっ!?」

「おま、きゅーめー! さっき『ちゃんと送られてやってください』とかほざいてたじゃないか!」

「小宮か……遠いなぁ。いいベッドタウンなんだけどなぁ……」

「で、電車で帰るよ! 駅まででいいから!」

「いえ、みことの命令なんで、ちゃんと送りますよ」

「あの家の実権は何で高校生が握ってるの?」

「その方が円滑に回る事を、俺と親父は知ってるんですよ」


 俺の説明に、四条は珍しく納得した顔を見せた。


「なるほどな」


 そこから先は特に難しい話はなく、他愛のない話ばかりだった。

 電車に乗り小宮まで着いた時、四条は改札を抜けてから俺に言った。


「きゅ、きゅーめー……」

「どうしたんです?」

「そ、その……今日はありがとな」

「いえ、俺とみことこそ、ご馳走様でした」

「あ、あれはもういい! 気にするな! っていうか思い出させるな!」

「そうですか? それじゃ、わかりました」

「そ、そうか……うん」

「寮はどちらです?」

「あっち」


 言いながら、四条は正面を指差した。

 俺が歩こうとすると、それを四条が止める。


「ほ、ほんとここまででいいから! 他の鑑定課の人間に見られたら私が終わる! いいから! 帰れるからぁ!」


 頑なな四条に、俺も困ってしまう。

 しかし、これ以上強引なのも四条に悪い。

 そこで俺は、及第点という名のみことへの連絡を考えた。

 コールする事三回、みことはすぐに電話に出た。


『どうしたの、お兄ちゃん?』

「あ、みこと? 実はさぁ――」


 それから、俺はみことに全てを話した。

 四条の寮が小宮にあった事、小宮に着いてから今日の礼を言われた事、そして、改札より先の護衛は必要ないと言い張っている事。


『何、お兄ちゃん、そんな事で電話してきたの?』

「いや、それしか正解が出なくてさ」

『ふーん、でも悪くないかも』

「だろ?」

『違う違う、そういう事じゃなくて』

「何だよ?」

『私が四条さんなら、お兄ちゃんが電話を掛け始めた瞬間に――』

「――瞬間に?」

『家まで逃げる』


 そこまで言われて俺は気付いた。

 みことに電話を掛けて以降、四条から目を離した事を。

 みことの言葉を疑うも、付近には誰もいない。


「おい……本当にいないぞ」

『でっしょー? なら、遠目から護衛すればいいんじゃない? 一応本人からの許可も最初にとったんだし、大丈夫大丈夫』


 なるほど、『悪くないかも』とはこういう事か。

 護衛対象を遠目から守る……か。

 確かにやった事がないからちょうどいいかもしれない。

 そう思い、俺は四条が指差していた方へ向かうのだった。

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