第77話 ◆一筆、再び。

「うぅ……殺せぇ……!」

「別に殺さないわよ」


 そう言いながら、みことは紅茶をかき混ぜた。

 ここはショッピングモールに併設されているチェーンの喫茶店。甘味もコーヒーも非常に評価の高い店である。

 勿論、伊達家の家計にも。


「悪いね四条さん。俺やみことは、脅しとかそういうのには中学の頃から慣れてて、そういう雰囲気になったら録画や録音を必ずするようにしてるんですよ。いやぁ、なけなしのお金で中古のICレコーダーを買ったのはいい思い出だなぁ」

「どんな過去送ってきたんだよぉ……」

「親父は借金取りに、『コンクリに埋めてやる!』とか言われてたよな」

「でも、お父さんは『コンクリ買うお金あるなら借金待てるでしょ』って強気に言い返してたよね」

みことも散々言われてたもんな」

「ICレコーダーを買ってからは来なくなったわよ。違法な取り立てには負けないんだから」


 ふんすと意気ごむみこと


「お兄ちゃんが天才になったおかげで債権がまとめられたんだよね。あの時は一家でお祝いしたなー」

「まぁ、天恵が発現しないってわかった時、銀行も焦ってたけど、判いた後だったし……いやぁ、可哀想な事したなぁ」

「でも、今はちゃんと返せてるもんね! お兄ちゃんのおかげで元金がどんどん減ってるんだからっ」


 そんな兄妹の会話に、四条は恐れおののく。


「さ、さっきからお前ら……お金の話しかしてないぞ……!?」

「そりゃ、人よりお金に苦しめられてきましたし」

「お金に学ぶ事が多かったからね」

「おかげでみことはこんなにり上手に」

「お兄ちゃんは真っ当に生きて家族孝行してくれるし」

「「大変だったけど、後悔はしてないよ」」


 そう二人の声が揃ったものの、


「いや、全然感動的じゃないけど?」


 四条は眉をひそめ、引き気味である。

 すると、思い出したようにみことが言う。


「ところで四条さん」

「な、何だよ……」

「この録音データなんですけど」


 玖命のスマホを一瞬で操作し、先程のデータを見せるみこと


「お、脅す気かっ!?」

「いくらで買っていただけます?」

「捻りすらしねぇのかよ! 何だよ、いくらだよ!?」


 半泣きの四条は、なりふり構わずみことに肉薄した。

 当然、スマホは四条の手の届かない後方へ回している。


「こちらの飲食代という事でいかがですか?」

「……は?」

「話す上で店には入ったけど、ここの支払いが私たちなのは仁義的に違うと思うの」

「仁義に欠けた兄妹が何を言うっ!?」

「えぇ~? 筋は通ってるでしょ? さっきお兄ちゃんを悪者にしようとして、無い罪を被せようとしたんだから」

「くっ!」


 みことの弁に何も言い返せない四条は、玖命を睨んだ。


「おい、何か言えよ、きゅーめー!」

「全てはみこと様の心のままに」


 玖命は静かに目を伏せ、胸に手を当ててみことを崇めている。

 最早もはや、四条が出る幕はなかった。

 みことに全てを詰められ、玖命からは放置。

 最初から、売ってはいけない喧嘩だったのだ。


「く……! この前も奢ったじゃんかぁ……!」


 ぐすんと目に涙を浮かべる四条。


「お兄ちゃんにした悪さを、ここの払いで忘れてあげるの。奢ってもらうんじゃないの。わかった?」

「ぐっ……わ、わかったよ! 払うよ! 払えばいいんだろっ!」


 四条が観念したところで、玖命とみことは再び声を揃えた。


「「では、一筆書いてもらえますか?」」

「鬼かお前ら!?」


 その後、紙ナプキンに書いた契約書にサインした四条は、渋い顔をしながら、それを玖命に渡した。


「こ、これでいいんだろっ?」

「…………確かに。では、レジで支払いが終わった段階で、この録音データは四条さんの目の前で削除します」

「こんな安っぽい契約があってたまるかぁ……!」


 頬を膨らませ、未だ納得いってない様子の四条だったが、玖命とみことは全く違う話を始めたのだ。


「そういえば四条さんって何歳なの? 私と同い年?」

「何の話だよ……」

「年齢の話……だけど?」

「通じてる! 通じてるよ! 言葉がわかんない訳じゃないんだよ!」

「なーんだ、お兄ちゃん、この人面白いね」

「そうなんだよ、精一杯生きてる姿に共感しちゃってさ。何か応援したくなるんだよね」

「きゅーめーの応援ってのは、私の財布を軽くする事なのか?」


 呆れた様子で四条が言うと、玖命は思い出したように言った。


「そういえば、鑑定課は大丈夫だった?」

「さらっと話逸らしてんじゃねーよ! あーはいはい! 大丈夫だったよ! おかげで私の面子保てたよ! ありがとな、ばーか!」


 やけくそまみれの四条を前に、みことが聞く。


「お兄ちゃん、鑑定課って天才派遣所の裏方さんみたいな役どころでしょ?」

「そ、内勤さん」

「鑑定課みたいな部署って他にもあるの?」

「確かあったはず。ね、四条さん」

「きゅーめー、お前知ってて私に聞いてるだろ?」

「目の前に本物がいるんだから聞いておくべきかと」

「はははは……」


 乾いた笑いを零した後、四条は大きな溜め息を吐いた。


「はぁ、仕方ない。説明してやるよ、この私がな!」

「あ、紅茶おかわりくださーい!」

「あ、俺もコーヒーくださーい!」

「聞けよっ!」


 四条の疲労度が蓄積する一方、玖命とみことは休日を満喫するのだった。

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