第68話 白昼夢2

 あの後、相田さんの視線が痛かったものの、何とかその場を凌ぐ事が出来た。

 そして、言葉通り四条オススメの苺ミルクを奢ってもらった。お揃いである。

 レンタルルームに戻ると、ニコニコしてた四条が俺の臀部を蹴った。

 当然、俺は吹き飛ぶ訳もなく、


「おい! 何でビクともしないんだよ!?」

「一応、鍛えてるので」

「にしても硬すぎだろ! いいからそこに座れ!」


 四条は何故か床を指差してるが、俺はミーティング用の椅子に腰掛け、苺ミルクをテーブルに置く。


「そこじゃねぇよ!」

「これ、ご馳走様です」

「現場の人間が内勤に奢られんなよ! そっちのが収入多いだろ!?」

「借金があるので奢って頂けるのはありがたいです……うっま!? え、これ美味しい……」

「ふっ、舌は確かなようだな。その舌に免じてそこに座る事は許してやる」


 理由がないと床に座る運命らしい。


「それで……どうします?」

「その前にその胸元のスマホを止めろよ」

「いや、これは俺の生命線なんで」

「それはさっきも聞いたんだよ! くそっ!」


 そう言って、四条は俺の対面に座った。

 この人は理由がなかろうが椅子には座れるのか。勉強になる。


「その動画データ、どうするつもりだよ」

「クラウドとハードに保存して……様子見ですかね?」

「何が目的だよ?」

「【探求】の情報を上にあげてくだされば別に」

「その情報が読めねぇんだよ!」


 ガンとテーブルを蹴る四条。

 しかし、レンタルルームのテーブルは床に固定されている。微動だにしないテーブルに女子高生が蹴ると……そう、痛いよな、足。


「くっ……くくく……!」


 涙目になる四条を見、俺は彼女に聞いてみた。


「その生き方、大変じゃないですか?」

「うるせぇ! これが私の生き方なんだよ!」

「まあ、生き方を否定出来る程、俺も人生経験を積んでないので、それならそれでいいですけど」

「なんも……なんも知らないくせに……!」


 彼女の言い分もわかるつもりだ。

 天才派遣所はその性質上、非常事態に対応出来るようにするため、時に冷酷で、残酷で、非情だ。

 彼女は天才でなければ高校生。

 しかし、天才派遣所は義務教育の終了と同時に天恵を得ている天才を確保する。

 それが世界のためであり、ある意味では天才を保護するためである。

 一般社会からの天才への当たりは非常に厳しい。

 それは主に戦闘系の天才の能力に起因する。

 人間では考えられない程の力を有し、一般人を瞬殺するモンスターを瞬殺する。

 その印象が強く、助けられた者は口を揃えて感謝するものの、いざ同じ職場にいるとなると、気味悪がられ、距離をおかれ、やがて迫害へと至る。

 短い歴史ながら、天才派遣所はそれを知っている。ならばと、公的機関として行動を移す他ない。

 そうする事で、派遣所は多くの天才たちを守った。こうして、天才と一般人は世界の中で棲み分けをして来たのだ。

 だが、当然それを不服と唱える者もいる。

 当然といえば当然なのだ。進路を勝手に決められ、戦場を強要される。

 派遣所を受け入れられる者、受け入れられない者、どちらもいるのが事実である。

 受け入れる他なかったのが、俺やこの四条棗。

 受け入れなかった者が、近衛のような【はぐれ】となる。

 当然、今からでも【はぐれ】になる可能性だってある。俺だってどうなるかはわからない。

 だから、彼女の事は他人事とは思えないのだ。


「じゃあ四条棗としての面子を保ちつつ、俺の天恵情報の報告をする……という方法ならどうです?」

「……どういう意味?」

「【魔眼】持ちが鑑定出来なかった天恵があるという事実は、鑑定課としても、四条さんとしても避けたい。そうですよね?」

「…………続けな」

「なら、俺が知っている【探求】の能力を、四条さんにお伝えします。それを四条さんが【魔眼】で視た情報として上に報告すれば、各方面にも体裁がいいんじゃないですかね?」

「へぇー、それで、お前に何の得があるんだい?」

「何も。ただ物事を円滑に進めたいだけです」


 正直、この後、川奈さんと討伐の約束をしているからな。これ以上ここで時間を割く訳にもいかない。寧ろ、時間短縮こそが俺の報酬と言えるだろう。


「……それで? お前の【探究】ってのは一体どんな能力なんだよ」

「まず、一筆書いてもらえます?」

「そ、その動画データがあるならいいじゃないかっ!」

「一応、そういう事はキッチリしておきたいんで」

「……お前、結構若いだろ? 何でそんなに周到なんだよ」

「そういなくちゃ生きていけなかったからですよ。まぁ、それでもたまに失敗はしますけどね」

「ふーん……お前、名前は?」

「さっき名乗ったと思うんですけどね?」

「覚えてやるって言ってんだよ」

「伊達玖命です」

「きゅーめー……ね」


 俺はメモに今回の約束の話をつらつらと書いてやった。

 すると、その内容を見て四条がぷるぷると震え始めた。


「おい! 何だよこれ!」

「何か?」

「『鑑定課に正しく報告されなかった場合、きゅーめーが持ってる動画データをばら撒く事に同意する』って書いてあるぞ!?」

「何事も保険って大事ですからね。それに、正しく、、、報告されればいいんですよ。問題ないでしょう?」

「くぅ……わ、わかったよ! 書けばいいんだろっ!?」


 最早もはやなりふり構ってられない感じだな。

 顔を歪めながらもしっかりサインしてくれた。


「可愛い字を書きますね」

「う、うるせぇ! それが何か関係あんのか!? あぁ!?」

「じゃあ交渉成立って事で」


 そう言って、俺は右手を差し出す。


「な、何のマネだよ?」

「握手っていう伝統的な挨拶です。知りませんでした?」

「くっ、そんな事知ってんだよ! ばーか!」


 そう言いながらも、四条は俺の右手をとるのだった。

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