第67話 白昼夢1

「ふざけんなよ!? この! 私が! こんな! ど田舎にまで! 足を! 運んで! やったって! いうのに! よ!!」


 多分、ゴミ箱のライフはもうゼロである。

 それにしても心外だ。八王子がど田舎とはこれいかに。

 しかしなるほど。

 彼女は猫を被っていたのか。

 先程とは違い、ローブのフードが外れている。

 あの茶髪は染髪か。頭頂部がプリンのようなグラデーションになっている。

 うーむ、なるほど、猫目の猫被り。言い得て妙かもしれない。

 うーん……ちょっと怖いからアレ、、を使っておくか。折角買ったんだし。

 それを起動する、、、、、、、と、四条は親指の爪をカジカジと噛みながら、呟き始めた。


「とりあえず、適当な能力をでっちあげるか? ダメか? そもそもの能力がわからないと、情報を渡せない。この私がわからなかったなんて報告出来る訳がない。なら、あの野郎の弱みを握って……ふふ」


「うわぁ」と思ったと同時、俺の口からは思考と同じ言葉が出ていた。

 瞬間、四条はフードを被って頭を隠した。

 そして、赤鬼エティンもビックリな視線を俺に向けてきた。


「おい……」


 アンダーグラウンド世界の出身なのかと思う程、今の「おい……」はドスが利いていた。


「今の……もしかして聞いてた?」

「とりあえず、ゴミ箱が生きてる時から」


 俺が無惨なゴミ箱の死体を指差しながらそう言うと、四条は俺を睨みながら胸倉を掴んできた。


「この事、誰にも言うんじゃねぇぞ?」

「それって地なんです?」

「人の話聞いてんのか? あぁ!?」

「声、届いちゃいますよ?」

「お前……卑怯なやつだな……」


 どのお口が言ってるのだろうか。

 可愛らしい顔と可愛らしい声で罵られたい人間が世界のどこかにいるのかもしれないが、生憎あいにく俺はそういった趣味はない。


「私の事脅す気?」

「人聞き悪いですね。俺はそんな事しないですよ」

「何が目的だ?」

「人が損得だけで動くと思ったら大間違いですよ。別に誰にも言いませんし、四条さんは四条さんでお好きになさってください」

「っ!? ふ、ふーん……お人好しだね、アンタ」


 すると、四条は胸倉から手を離してくれた。

 そして、再び呟くように言ったのだ。


「今ここで私が大声で叫べば、どうなるかくらいお前にもわかるよな?」


 どうしても俺からの口外を止めたいようだ。

 今の段階では拘束力もないし、契約書でも結ばせたいのだろうか。


「まぁ、わかります」

「ふん、これで立場は決まったね。どちらが優位にあるか。それじゃ一筆書いてもらおう――」

「――俺がこの録画データ、、、、、、、を派遣所に提出して、無実を証明するでしょうね」

「…………は?」


 四条は俺の胸元に目をやり、固まっている。

 そう、俺は四条のゴミ箱サッカーを目撃した時から、スマホの録画機能を使っていた。

 それに気付いて四条は、大きく顔を歪め、叫んだ。


「はぁあああ!?」

「あぁ、そのボリュームだと受付まで声が届いちゃいますよ」

「ふっざけんなよお前、ちょっとスマホそれよこせ!」

「いや、これは俺の生命線なんで、渡す事は出来ないですね」

「この! この! このぉ!?」


 必死の形相である。

 今の俺が非戦闘系の【魔眼】持ちに動きで負ける訳がない。俺は四条の鬼ごっこに付き合いながら壁や天井に逃げた。


「おま! ズルいぞ、それ!!」

「そんな事より」

「そんな事よりなんだよ!?」


 俺は廊下を指差し、


「さっきの大声の言い訳を考えた方が建設的ですよ」


 廊下からは誰かの足音が聞こえる。

 それにようやく気付いた四条は慌てて、ゴミ箱死体を抱えた。


「くっ……!」


 半泣き顔で、どうしようか考えているようだが、自業自得な部分もある。

 だが、彼女がまだ若いという事も考慮すれば…………仕方ない、助け舟くらい出してやるか。

 俺は休憩スペースの入り口に飛び降り、走って来た相田さんに気付くフリをした。


「な、何かありましたか?」

「あ、相田さん」

「伊達くん? どうしたの? 鑑定は?」

「えっと、始める前に飲み物でも買おうかと二人でここまで来たんです。そしたら、彼女が足にゴミ箱を引っ掛けてしまいまして。転びそうな彼女を助けようと思ったら、慌てて俺もゴミ箱を蹴っちゃって……こんな無惨な姿に……」


 苦しい言い訳だが、この説明なら、ゴミ箱が死んだ理由も、四条が大声を出した理由も説明がつく。


「いつも水筒に水しか入れて来ない伊達くんが……自動販売機?」


 どうしよう、貧乏な俺に説明がつかない。

 相田さんはいぶかしんでいるようだ。とても。

 俺は四条の方をちらりとみる。

 するとそこにはあわれみすらにじませる四条棗の姿があった。


「ぇと……私がご馳走しようと……」


 くそ! こんな若い子に奢らせた事になってしまった!?


「伊達くんが……四条さんに奢られる……?」


 今度は俺の性格に説明がつかないようだ。


「こ、断ったんですけど、『私が飲みたいから』と……ははは」

「そ、そう。ぅん……そうなんです」


 何で俺はこの猫被りと、暗黙の協定を結ばないといけないのか。

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