第62話 新たなパイプ

 水谷に電話を切られた直後、電話ではなくToKWトゥーカウにメッセージが入った。

 俺はそれを見ると、画面をそのまま山井に見せた。


 ――10分待ってて。


 そのメッセージを見ると、山井は目を細めて喜びを露わにした。


「ほっほっほ……まさかあの【剣聖】とのパイプがあるとはな。玖命、お主……あの者とどういった知り合いじゃ?」

「以前、命を助けてもらいまして」

「ほぅ、玖命が倒せぬ相手か。であればAランクのモンスターか?」

「いえ、あの時はまだ戦う力がなかったものですから」

「なるほど、では長年の付き合いという事か」


 まだ彼女と出会ってから一ヶ月程だという事は……山井には言わない方がよさそうだな。


「して、玖命。お主の剣は【剣聖】に教わったものか?」

「訓練をつけてもらった事はありますが、基本的には独学ですよ」

「そうか、道理で荒々しい剣だと思ったわ。関西に来る時は【インサニア】を訪ねて来るがいい。儂が稽古をつけてやろう」

「あ、ありがとうございます」

「何じゃ、【インサニア】にもパイプが出来たんじゃ。悪い事ではあるまい?」

「まぁそうですね」

「感情表現が乏しいの~」

「今日だけで色々起きたからまだ頭が追いついてないだけですよ。あ、そういえば」

「何じゃ?」

「今日のあのサハギンのポータル、ボスは何だったんです?」

「Bランクのグレーターデーモンじゃったな」


 ランクDのサハギンのボスとなれば普通、か。

 以前のような異常事態ではないのか。

 まぁそれでも、今回の件はポータルが駅に発生するというレアケースだったけどな。


「何か懸念でも?」

「いえ、稀にイレギュラーな事態があると聞いたもので」

「何じゃ、玖命も知っておったのか」


 俺の討伐の大半がイレギュラーだからなぁ。


「その件もあって今回ここに来たんじゃ」

「なるほど、越田さんとそういった話を……」

「まさか通してくれぬとは思わなんだが……」


 困った顔をしながら警護の二人をチラ見する山井。


「それにしても、今日は偶然立川に?」

「ホテルを取るのが面倒での。派遣所のサテライトブースを梅田支部で予約したのじゃが、空きが立川しかなくてな。待機してたら緊急出動依頼が入ったという訳じゃ」

「あー、サテライトブース。そんなのもありましたね」


 ――サテライトブース。

 ある程度栄えた場所に天才派遣所が建てられるものの、全ての都市に派遣所を置く事は予算的に不可能。

 だから、各市町村の役所などに、派遣所のサテライトブースを置いているのだ。

 サテライトブースは事前予約こそ必要なものの、Dランク以上であれば利用する事が出来る。

 サテライトブースの主な役割は、近隣への緊急出動である。

 風呂、トイレなども使え、布団もあるため簡易ホテルとして利用する事が出来るが、出動依頼があれば無条件出動という事もあり、あまり人気とはいえないサービスだ。


「今時使う人いるんですねぇ」

「小旅行なんかする時は便利じゃぞ。何もない事の方がほとんどなのじゃから」


 面白いな、この人。

 派遣所のサービスを満喫しているみたいだ。


「おかげで今日は寝不足じゃわい……」


 言いながら、山井は大きな欠伸あくびをした。

 サハギンが現れたのは昼過ぎだったのだが、山井は一体何時に寝たのだろうか。

 そろそろ夜だが、みこととの夕食の約束はどうするべきか。一応家には着いているようだが、今の内に断っておくか?


「「ん?」」


 そう考えていると、俺たちの目の前に息を切らせた水谷が舞い降りた。

 ホント、文字通り舞い降りて来た。


「ふぅ……ふぅ……や、山井殿とお見受けします!」


 いつも以上に緊張が見られる。


「【剣聖】……水谷結莉ゆりじゃな?」

「はい、子供の頃から山井殿の勇士を伝え聞いていました! 是非、これにサインを!」

「ほっほっほっほ、こんな老体のサインでよければいくらでも」


 ……なるほど。

 確かに、山井程の大人物になると隠れたファンは多いだろう。

 水谷が電話を切って駆けつけた理由がわかった。

 少女というより、あれは少年の目だ。

 サインを書いてもらった水谷は、顔を綻ばせながら俺を見た。

 いや、別に羨ましくないぞ?


「それで、高幸――いえ、代表にお会いになりたいとの事ですが」

「うむ、昨今の異常事態について、【大いなる鐘】がどの程度把握しているのか、今後どのように動くのか、一度擦り合わせをしておきたくてな。明日の会議の前に、越田殿とお会い出来ればと思った次第じゃ」

「そうでしたか。先程、代表と連絡を取り、山井殿の話をしたところ、『すぐ向かう』との事で、今こちらに向かっているそうです。よろしければ代表を待つ間、中でおくつろぎください」


 凄いな。こんな水谷、見た事がない。


「うむ、厄介になろう。玖命」

「はい?」


 そう言うと、山井は一枚の名刺を俺に渡した。


「儂の連絡先じゃ。登録しておけ」

「はぁ、わかりました」

「ぁ……」


 水谷が羨ましそうに俺が持つ山井の名刺を見る。

 自分で貰えばいいのに。

 そう思うも口には出せず。俺は二人に挨拶をしてその場を後にした。

 うーむ、帰ったら20時を回るんじゃないか?

 みことも待ってるだろうし、早いところ帰るか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る