第59話 ◆魔法剣

(剣の表面に魔力の膜が発生し、その膜を利用して魔法を発生させる。そうする事で、剣の損傷を防ぎつつ、剣に魔法を纏わせる事が可能……なるほど、【魔導士】を得た事で魔力の扱い方がわかってきたのか。【上級戦士】の体力と力の向上も悪くない。俺の足りない部分を補填してくれた……後は、この面倒臭いモンスターパレードを終わらせるだけ。今の俺ならば、この波を凌ぐのは訳ない……)


 玖命の読み通り、モンスターパレードは既に終わりに近づいていた。玖命の働きが、それを加速させたという事実。今も尚迫り続けるサハギンも、魔法剣を得た玖命にとっては敵と呼べるものではなかった。


みことは……無事、みたいだな……)


 やがて聞こえてくるサイレンの音。

 玖命の前を通り過ぎて行く複数名の天才たち。

 援軍という名の終わりが来た瞬間だった。


「ようやくか……イレギュラー続きでようやく平和がきたと思ったら……まさか丸腰でイレギュラーが起こるとはね」


 本来、武器を持たぬ天才は、有事の際、武器を取りに戻る事を是としている。しかし、玖命は丸腰で戦い、その場にいる多くの人を助けた。

 手に持つ剣を見つめ、駅の方を見る。


(俺に剣を貸してくれた人は無事だろうか? 出来れば援軍に駆け付けたいところだが、事態が収束するまで、この場を離れる訳にはいかない……)


 自分の背には力を持たぬ市民がいる。

 玖命はもどかしい気持ちを抑え、ただその場に腰を落とした。

 映画館の中には、窓から心配そうな目で玖命を見るみことの姿があった。

 サハギンの群れが来なくなった事に加え、兄が腰を落とした事でほんの少しの安堵を覚えたものの、まだ油断は出来ない。

 それでも玲と明日香にとってその変化した状況は、涙を流す程だった。


「助かった……? 助かった! 助かったよっ!」

「うん、うんっ!」


 その言葉を聞き、客たちも安堵し、みことたちがいる窓際までやって来ていた。

 だが、眼下に広がる無数のモンスターの死体を見て、また絶句してしまうのだ。そして別の意味でまた言葉を失う。

 映画館の出入り口が、たった一人の男によって守られていた事に。

 彼の持つ剣、彼の身体、サハギンの死体が転がる映画館前の地面。そこには夥しい量の血液が付着していた。そう、視界を覆いたくなる程に。

 そんな時、ようやく映画館前に天才派遣所が保有する装甲兵員輸送車がやって来たのだ。

 瞬間、言葉に詰まっていた客たちから、大きな歓声が上がった。


「「ワァアアアアアアアアアアアッ!!」」

「あぁ、あぁ……助かった!」

「帰れる! 帰れるぞっ!」

「よかった……本当によかったよぉ……!」


 そんな声が玖命の耳にも届いたのか、玖命は映画館の最上階を見上げ、窓越しに見えるみことに合図を送ったのだ。

 それが、映画館から出て来て問題ないという意図だったのは、みことにはすぐ理解出来た。

 その後、観客たちは足早に避難路である非常階段を通り、映画館の出入り口まで向かった。

 そこには当然、玲、明日香、みこと……協力してくれたスタッフたちの姿もあった。

 出入り口で未だ警戒する玖命に、避難して来た客は口々に礼を述べる。


「ありがとう! 本当に助かった!」

「怪我はねぇか!? ホント、ありがとな!」

「ありがとうございます! ありがとうございますっ!」


 涙を流して礼をする者もいる中、玖命は列の中にいるみことだけを手で止めた。


「……お兄ちゃん……?」


 その問いに、玖命は何も答えなかった。

 ただ、列からみことだけを引き出すかのように、玖命はみことを自身の隣に置いた。

 その時、みことは気付いたのだ、断腸の思いでそうせざるを得なかった玖命の心に。

 それを心配そうに見る玲と明日香。


「み、みこと……!?」

「何でっ?」


 そんな慌てる二人を安心させるためか、みことはただ二人に言った。


「わ、私は大丈夫だから……二人は行って!」


 輸送車に乗り込む人波に押され、玲と明日香は困惑しながらもみことを置いて離れて行った。

 一台、また一台と輸送車が消え、最後のスタッフが乗り込んだところで、ようやく玖命はみことを列に並ばせた。

 それが何を意味するのか、みことにはもうわかっていた。


 ――救助の順番。


 天才派遣所では、天才が助ける市民の中に、その天才の身内がいた場合、その者の救助優先度が最下位になるという事を、みことは玖命に聞いていた。


 ――身内は最後。


 本来、一番助けたいはずの身内を最後にしなければならない理由はいくつかある。

 特に重要視されるのは、身内を最後にする事で得られる市民の理解にある。今回の場合も含め、このような有事の場合、天才を除き、一番冷静でいられるのはその天才の身内である。

 現にみことは、玖命がいる事で人より早く冷静になる事が出来た。

 冷静な判断が出来る者程、救助が後回しにされる理由。

 それは、パニックになった者たちを安心させる存在が、必要不可欠だからだ。

 当然、身内を先に助けた場合の、天才への非難も理由に含まれている。

 玖命はそれを理解し、苦渋の決断としてみことの救助を最後にしたのだ。

 映画館の館長の後ろに並んだみことは、輸送車に乗り込む前――玖命に対し深く頭を下げた。


「あの、ありがとうございましたっ!」


 要救助者からの感謝に、妹からの感謝に、玖命はただ微笑み、うなずく事で、最愛の家族――みことに応えたのだった。

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