第58話 ◆ギアチェンジ

 窓越しに見える玖命に、みこと、明日香、玲の三人は目を見張る。

 何も持たずに戦場へ向かった玖命は、どこからか剣を調達し、それを使って、群れるサハギンを斬り裂いている。

 その不可解な現実以上の光景が今、三人の目の前で繰り広げられていた。


「な、何あの動き……!? みこと、アンタのお兄さん、Fランクだったよねっ!?」

「動画で見た時より更に速くなってるんじゃ!? ううん、明らかに速くなってるよっ!」


 目にも止まらぬ玖命の動きに驚きを見せる明日香と玲。

 みことはそれでもまだ、眼下に映る玖命が、自分の兄であるという現実を受け入れられなかった。


(何……? あれが……私のお兄ちゃん……? あんな顔、あんな動き……見た事ない……)

「うっそ、今あの人魔法使ったよ!?」

「な、何で? 剣であんなに動ける人が……何で魔法を使えるの……?」


 みことが戸惑い、明日香と玲が驚愕する中、駅から走って来た3体のサハギンが、真っ直ぐ映画館に走って来た。


「ま、まずいよみこと! 奴らこっちに来るっ!」

「ど、どうしよう……!」


 震え、恐怖する二人の視線の先。

 恐ろしい形相のモンスターサハギンが、一般人をターゲットとしている。Dランクとはいえ一般人の筋力量を遥かに上回る力を持ち、簡単に人間をほふり、食らう。教育の過程で知った、現実離れした残酷な事実が、二人を恐怖の底に追い詰める。

 だが――、


「そっちに行くんじゃ……ない!」


 玖命はサハギンの死体を蹴り、その亡骸を映画館に向かう3体に当てた。ダメージこそないものの、その衝撃で稼いだ数秒が、玖命を出入り口の前に立たせた。


「……ここに、入れさせる訳にはいかないんだよ」


 再び剣を構え、【聖騎士】によるヘイト集め。

 雪崩なだれのように怒涛に迫るサハギンの数を見て、玲と明日香は互いを抱く。


「ダメ、ダメだよ……あんな数……死んじゃう……」

「うぅ……うぅう……お母さん……」


 そんな恐怖の中、ただみことだけが兄、玖命を見続けた。

 玖命が噛まれ、傷つき、血を流そうとも、その目を逸らす事など出来なかった。


「お兄ちゃん……!」


 願いの如きみことの声が、玖命に届いたのかは定かではない。しかし、玖命はそれに呼応するかのように吼えた。


「ウォォオオオオオオオオオッ!!!!」


 その咆哮は窓をりんと鳴らし、サハギンの行動すら一瞬止めた。

 みことは知る。これまでの全てが、自分が知っているだけの全てだった事に。

 玖命が何度も怪我していた理由、何度も入退院した理由、その詳細を説明しなかった理由。

 自分が愛する家族に、自分を愛する家族に知られる訳にはいかなかったのだ。

 玖命がどれだけ過酷な環境に置かれ、どれだけ精一杯生き、どれだけ命を賭したのか。


(こんな事……言えるはずない……)


 ――【探究】の進捗情報。天恵【剣聖】の解析度5.3%。天恵【聖騎士】の解析度1.1%。天恵【武将】の解析度5.9%。天恵【戦士】の解析度88%。天恵【弓士】の解析度63%。天恵【魔法士】の解析度79%。天恵【回復術士】の解析度60%。天恵【腕力B】の解析度53%。天恵【頑強C】の解析度62%。天恵【威嚇E】の解析度71%。天恵【脚力E】の解析度89%。天恵【魔力E】の解析度12%。


「傷が……消えてる……?」


 驚くみことの視界に映った不可解。

 それは、【回復術士】を得た事による玖命の特性。

 たとえ傷付こうとも、玖命は戦いながら自身を回復し、継戦出来る能力を得た。それが天才にとって、どれ程恵まれているのか。天恵を知っている者からすれば、その価値は計り知れない。

 玖命は、誰にも成し得られなかった玖命だけの道を見出したのだ。


 ――【探究】の進捗情報。天恵【剣聖】の解析度5.6%。天恵【聖騎士】の解析度1.4%。天恵【武将】の解析度8.0%。天恵【戦士】の解析度100%。天恵【弓士】の解析度87%。天恵【魔法士】の解析度100%。天恵【回復術士】の解析度78%。天恵【腕力B】の解析度56%。天恵【頑強C】の解析度70%。天恵【威嚇E】の解析度77%。天恵【脚力E】の解析度93%。天恵【魔力E】の解析度24%。

 ――おめでとうございます。天恵が成長しました。

 ――天恵【上級戦士】を取得しました。

 ――天恵【魔導士】を取得しました。


 瞬間、玖命の動きが変わった。


「「……ぇ?」」


 涙を流し、震えていた玲と明日香が微かな驚きを見せたのだ。

 眼下で繰り広げられる戦闘は……いつの間にか終わりを迎えていた。

 止めどなく溢れていたはずの群れは、一刀のもとに斬り伏せられている。

 サハギンの切断面には、黒い焦げ痕。

 何もいなくなった映画館の入り口前。

 玖命はブツブツと呟き、一度だけ剣を素振りした。

 そして、正眼に構え、静かに……深く呼吸した。


「そうか……今みたいにやれば、魔法を剣にまとわせる事が出来るのか」


 サハギンは、まだ駅の方からやって来る。

 しかし玖命は、そのことごとくを一瞬にして倒し、その度に剣の威力を増していくのだった。

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