第55話 ◆妹を取り巻く環境4

 桐谷きりたに明日香あすか山下やましたれいは、伊達みことの級友であると共に、特に仲の良い友人――すなわち親友である。

 活発な明日香と、真面目な玲の間にみことが入ると、自然と輪が上手く回る。

 何でもよく話し、何でも笑い合えるみことになくてはならない友人である。

 そんな友人明日香が、みことと玲の首に手を回し、簡易的な三人の空間を作った。

 こうする事によって男は会話に入れず、会話の聞き耳すら立てられない状況に追い込まれる。

 明日香はそれを知ってか知らずか、行動で示した。

 玖命が困り顔を浮かべようが、今の三人にはどうでもいい事だった。


「あれがみことのお兄ちゃん? 本当に?」


 明日香の問いに、玲がうんうんと頷く。

 みことは二人の意図が読めずに、困惑しながら「そうだけど」と小声で答えた。

 すると、明日香は確認するようにもう一度聞いた。


みことがいつも『お兄ちゃんよりカッコよくない男とは付き合わない!』って言ってるお兄さん? 間違いない?」


 明日香の追及のような問いに、玲がうんうんうんうんと頷く。


「わぁ!? ちょ、ちょっといきなり何言い出すのよっ!?」


 そんなみことの反応に、二人は冷静に返す。


「二人目のお兄さんがいないかの確認だけど?」

「こういう確認って大事だと思うの」


 そんな明日香と玲に、みことは目を逸らす事しか出来ない。


「ん~……」

「う~ん……」


 二人は振り返って玖命を覗く。


「どう見ても」

「普通……だよね?」

「カッコよく見えなくはないけど」

「カッコ悪くも見えるような?」

「イケメンになれない」

「フツメンみたいな?」

「「……う~ん」」


 そんな二人のやり取りに、みことは反論する。


「あのね、そういうんじゃないのよ、お兄ちゃんはっ」

「じゃあどういう事?」

「そこんところ詳しく聞きたいよね」

「な、内面的な強さというか、芯があるというか……まぁそういうのよ、うん」

「それじゃあ我々は納得できないのですよ、みこと殿」

「うんうん、今日だって明日香と一緒に馬淵くんとヨッシーを慰めてたんだから」

「そう、みことに振られたブラザーズをね。感謝しなさいよね?」


 そんな明日香の言い分に、みことは困惑する。


「な、何で私が明日香に感謝しなくちゃいけないのよっ」

みことが悪く言われないように、万全のアフターサポートをしてるのよ。私と玲は」

「級友のヤケドリンクの付き合い、先輩からの相談、後輩からの密偵依頼」

「ちょっと、最後の何よ? それに、馬淵君とヨッシーのアフターサポートに何で映画なの?」

「そりゃ、まだ諦めてないから、みことが大ファンの【剣聖】水谷さんが出る映画をリサーチするためよ」

「映画を観れば話題が出来る。話題が出来ればみことに近付ける。水谷さんの話なら尚更ね」


 二人の言い分に、みことは呆れ顔を見せる。

 そして気付くのだ。二人が今月どんな状況にあるのかを。


「明日香、今月遊び過ぎてもうお金ないとか言ってなかった?」

「へ?」

「玲、欲しかった本を買い過ぎて金欠気味とか言ってたよね?」

「わぁ!?」

「何で、二人は映画が観られたのかしら?」

「そ、それは……」

「馬淵くんたちの奢りというか……」

「なんというか……」

みことの影響で私たちも水谷さんが好きになったし……情報料的な?」

「あのね、私はともかく馬淵くんたちに悪いと思わないの?」

「い、いやちゃんと許可はもらったよ?」

「どうしてもって言うから……ね?」


 明日香と玲の最後の言い訳に、みことが溜め息を吐く。


「……はぁ、まぁ筋を通してるならいいけど、人の気持ちを踏みにじるような事したら、いくら私でも怒るからね?」


 そんなみことの忠告に、二人はホッと胸を撫でおろす。

 そして、取り残された二人に目をやってから言う。


「それより、馬淵くんたちどうするの?」


 明日香が聞く。


みことのお兄さん見て、何で自分が選ばれなかったかわからないような顔してるよ」

「それは同感なんだけど、どうするのよこの空気」


 玲と明日香の言葉に、みことが呆れながら返す。


「二人が今日ここに来るってわかってたら、私も時間ずらしたよ」

「「ご、ごもっともで……」」


 みことの言葉は、明日香と玲にも言えたのだが、二人は負い目があるからか納得せざるを得なかった。

 その直後、


「ん?」


 三人の目の端で玖命が何かに反応した。

 玖命の視線を追いみことが、そのみことの視線を追う級友の四人。

 駅の方から何人かが走ってくるようだ。

 信号に間に合うように急いで小走りになる。そんな様子とは違う全力の足。その奥から更に何人かが走って来るのだ。

 先の人間同様、全速力で。

 足音はやがて喧噪に、喧噪はやがて不安へと変わる。

 玖命の横を何人も通り過ぎ、転び、しかし諦めず立ち上がってまた走って行く。

 そして遂に、ソレが何なのか明らかとなる。


「モ……モ、モンスターパレードだぁあああああっ!!」


 その瞬間、皆の不安は恐怖へと変貌する。


「「わぁああああああああああああああっ!?」」


 悲鳴が悲鳴を呼び、駆けだす足音と切れた息が場を支配する。

 前方からの怒号、後方からの苛立ちの声。我が身が惜しく駆け出す者に、モラルなどなかった。

 この場で真っ先に逃げ出したのは、馬淵と吉田。

 そんな二人を気に掛ける事など出来る訳もなく、三人の乙女は言葉を失っていた。

 やがて見えるモンスターの姿。


「ひっ……」


 玲が声を漏らすと同時、その視線を塞いだ者がいた。


「お兄ちゃん……」


 玖命が不安と恐怖に震える玲の前に立ち、隣の明日香とみことの前に腰を落とす。


「落ち着いて。まずは慌てず、ゆっくりと映画館の中に入るんだ」


 玖命は諭すように、子供にもわかるように静かに、しかし通る声で言った。

 玖命の言葉を受け取った二人は、震えながらもコクコクと頷いた。


みこと、お前はスタッフにこの事を。派遣所の電話番号は入れてるな?」


 命もまた、コクンと頷く。

 未だ震える玲と明日香の肩にポンと手を載せ、玖命が言う。


「明日香さん、玲さん」

「「は、はい!」」


 不思議と、二人の震えが落ち着きを見せる。


「映画館はほとんど音を通さない。だから、まだこの事を知らない人が沢山いる。二人にはスタッフと協力して、出来るなら観客を一カ所に集めて欲しい。出入り口から逃げようとする人を頑張って抑えて欲しい。お願い出来るかな?」


 再びコクコク頷く二人。

 玖命は、最後にみことの頭にポンと手を載せ言った。


みこと、夕飯はちょっと遅くなっちゃうかも」

「……ぅん、後でちゃんと……一緒に食べよ?」


 そんなみことの言葉にニコリと笑い、玖命は雑踏の中を走って行く。

 向かう先は、誰の援護もない……確実なる地獄。

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