第54話 妹を取り巻く環境3

 その後、結局あの服を買い、ついでにポシェットも買った。

 服はともかく、ポシェットについては、命は慌てて止めてきた。だが、それは俺が許さなかった。

 すると、ぶつぶつ言いながらも、顔が嬉しそうなのが見てとれた。

 ホントこの子、危ないおじさんとかに連れて行かれないか心配になる。


「次は?」

「映画、かな?」


 映画か。

 子供の頃行った以来だな。


「何か観たいのあるの?」

「……大怪獣ギアラ」

「なんて?」

「だから、『大怪獣ギアラ〜最後の戦い〜』よ!」


 我が妹ながら、ちょっとよくわからない選択である。過去、そういった怪獣映画に興味を示した事があっただろうか。


「そ、それに、お兄ちゃんだって関係ある事なんだからねっ?」

「俺に関係? それってどういう事?」


 すると命は、嬉しいそうにニカりと笑った。


「へへ〜、この映画ね? ゲストに水谷結莉ゆりさんが出てるのー」

「あー……そういう事か」


 なるほどなるほど……ん?


「え、あの【剣聖】の?」

「お兄ちゃんの友達の」


 そんな水谷といえば、やはり【剣聖】水谷しかいない。

 なんか、彼女の話によると、そろそろニュースになるらしいけど、まだ、水谷は【剣聖】で通っている。

 しかし、水谷が映画に……そんな感じには見えなかったが、天才を映画に登場させるのは過去いくつか例もある。水谷程の知名度なら、スポンサーも付くし、天才ファンからもお客さんが付く……のか? そういった業界の事はわからないが、呼ばれたのであれば、呼ばれたなりの理由があるのだろう。


「一応今作から観ても内容がわかるようには作られてるらしいし、行ってみようよ」

「まぁ、それならちょっと興味出るしな」

「うん、決まり! 行こっ!」


 ◇◆◇ ◆◇◆


 映画を観た後、俺たちは近くのベンチに腰を下ろしていた。

 主に、みことから映画の感想を聞くためにだが。


「凄かったね水谷さん!」

「まさかメインを食うような立ち回りをするとは思わなかった」


 映画の内容は、大怪獣ギアラのライバル、大怪獣モックスが産卵期に入ったところから始まり、無数の卵から孵化するモックスジュニアに対抗すべく、大怪獣ギアラも産卵期に入る。

 しかし、やはり先手を打っていたモックスジュニアの孵化の方が早く、ギアラジュニアの子供が出揃うまで、モックスジュニアの足止めを担当したのが【剣聖】水谷結莉ゆりである。

 殺陣なんかではない本物の剣技と、CGが霞んで見えるレベルの体術。アレは今回の映画で一番の見どころシーンだったかもしれない。

 CGもワイヤーもなく縦横無尽に駆け回る水谷に、観客はポカンと口を開け、感嘆の声をあげていた。


「最後のギアラとモックスの戦いも凄かったけど、やっぱり水谷さんしか勝たんっ!」

「だな」


 水谷だけのスピンオフでも十分稼げそうだ。


「でも、映画の中にまで天才派遣所があるような世の中になったんだね」

「水谷さんを実名で売れるし、スポンサーにもなってるからだろうけど……時代だな」

「国営なのにスポンサーになれるの?」

「なんかペーパーの子会社みたいなの作って上手くやってるとか」

「何か急に天才派遣所がグレーに見えてきた」


 みことがそう言うのも無理はない。

 それは俺も思っている事だからだ。

 黒い事がないとは思いたいけど、グレーなところは結構あると思う。そういう世の中だし、そこで生きて行くにはしょうがない事もある。

 そういった背景には、やはり天才と一般人の隔絶みたいなところがあるのだろう。


「あれ? みことじゃない?」


 そんな女の声に振り返る俺とみこと

 振り返るとそこにはみことと同じ制服を着た女子2人と、似たような柄の制服を着た男子が2人いた。


「玲、明日香! それに馬淵くんとヨッシーじゃん!」


 嬉しそうに近付くみことと女子二人。


「えー、もしかして映画? マジっ? 何観たのー?」

「もっちギアラだよ。水谷さんかっこよかったー!」

「わ、偶然だね。私たちも観たんだよ。同じ回だったんだね」


 話している様子から見るに、ハキハキしてる感じの女の子が明日香。大人しそうな女の子が玲という子だろう。

 だが、目の端にいる馬淵くんであろう男子と、ヨッシーのあだ名を冠する男子はみことを見るや否やソワソワし始めている。

 ……わかる。わかるぞ男子。

 我が妹ながらあの顔面は伊達家の血を辿っても一番だろうし、性格も良く、飯も美味い。誰隔てない接し方で近付かれたら、俺が高校生でも目を奪われてしまうだろう。

 そんな憧れの女子とプライベートで会う。

 なんと最高のシチュエーションだろうか。

 羨ましい青春を送っている。是非とも俺と立場を交代して欲しいくらいだ。


「ね、あの人がみことのお兄さん?」

「あ、明日香。もしかしてあの人……あの動画の人じゃ……?」

「そりゃみことが学校で騒いでたしね。あのお兄ちゃんがいるのは当然なんじゃない?」


 珍しい。俺が天才だとわかってて、あの程度の反応だとはね。

 場合によってはいきなり怒鳴られたりするからな。

 きっと、みことが学校で認められているのもあるのだろう。優等生の妹を持って、兄は嬉しいぞ、みこと


「あ、うん……お兄ちゃん、玲と明日香。こっちが馬淵くんと吉田くん」

みことの兄の玖命きゅうめいです。いつも妹がお世話になってます」


 小さく頭を下げ、挨拶をすると、四人はかしこまった様子で同じように頭を下げた。


「「ど、どうも……」」


 言うと、みことと玲は、明日香に肩を掴まれ、小さな円陣を組んでしまった。

 そして、馬淵と吉田も小声で何か話し始めた。

 さて、この空気を一体どうしてくれよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る