第52話 妹を取り巻く環境1

 天才派遣所に戻り、チームでの清算を終えた後、俺は立川まで足を延ばした。

 みことと待ち合わせをしている駅である。

 ToKWトゥーカウで連絡を取りながら、辺りを見渡す。


 ――着いた。どこにいる?

 ――改札横

 ――右? 左?

 ――右

 ――改札を背にして右?

 ――前にして右

 ――つまり左だな

 ――それ、確認いる?


 そんなやり取りの後、俺は改札左、、、にいるみことを発見した。

 制服の腰元まで伸びた黒い髪。大きくくりっとした瞳。

 道行く人が皆みことを見、進み、また振り返って見ている。

 いつものみことだが、外で見ると余計に目立つ。

 雑踏の中にもそりゃ美人も美少女もいるだろう。

 だが、みことのソレは一枚も二枚も違う。

 隣に立つ俺が、モブキャラにすら見えない程に。


「右でしょ」

「いや、左だろ」

「お兄ちゃんは、もう少し妹目線の世界を見るべきだと思うの」

「妹は、もう少し背伸びしても構わないと思うんだ」

「んもう、しょうがない兄を持つと大変よね、私って」

「ところで、何で立川なんだ?」


 立川は栄えてこそいるものの、買い物をするのであれば新宿まで出てしまった方がいい。


「決まってるでしょ」

「何か理由があるのか」

「お兄ちゃんと私の電車賃を考えたら、どう考えても立川が限界よ」

「流石は伊達家の金庫番だな。でも、買い物はOKなんだ?」

「交通費は伊達家から、買い物はお兄ちゃんのお財布から。これが最善で最適な今日のプランよ」


 キメ顔で言ってるが、ここは人がごったがえす駅の改札前である。


「それじゃあ、まずはどうするんだ?」

「決まってるわ、まず、KWBOYカウボーイに行きましょ」


 KWBOYカウボーイ……KWNが親会社の西部劇をコンセプトにしたウェスタンカフェである。

 カウガールの衣装が人気で、アルバイト募集はすぐに埋まってしまう程だとか。

 当然、見る側としても人気のお店である。特に男。

 がしかし、男女問わず家族に至るまで人が集まる人気店。

 見栄えの良い飲み物やスイーツ、更にはお酒におつまみまで基本的なメニューは全て揃っている。

 普段はあんな商品単価の高い店には行けないからな。

 みことが行きたがるのもわかってしまう。

 昼過ぎという事もあり、店もそこまで混み合ってなく、少し並んだだけで受付までやって来る事が出来た。


「……で、何を頼むんだ?」

「ペコス・ビルをください」


 ペコス・ビル……アメリカの伝説上のカウボーイ。

 まぁ、とはいってもホラ話に出て来る架空の人物である。


「お客様はどうされますか?」


 そう言われても、俺もこの店の何がいいかはわからない。

 という事で、


「同じものをください」


 これしかないだろう。


「かしこまりました」


 会計を済ませると、


「あちらのアープ君の前でお待ちください」


 アープ君……リボルバーを構えたKWBOYカウボーイのマスコットキャラ。その前で待ってると、隣のみことが心配そうに聞く。


「ねぇ、ペコス・ビルってどういうのか知ってるの?」

「いや、知らないけど?」

「架空の人物がモデルって事で、飲み物自体も架空なのよ」

「架空ってどういう事?」

「店員さんの気分で飲み物が出て来るのよ」


 そんな飲み物があっていいのか?

 いや、バーテンダーみたいなものか?

 カフェでこんな事が出来るなんて、やはりKWNは凄いんだな。


「「お待たせいたしました~」」


 店員二人の声が揃う。

 どうやら呼ばれているのは俺たちのようだ。

 ……だがおかしい。


みこと

「何よ、お兄ちゃん」

「受け取りカウンターに飲み物が一つなんだが?」

「それに、ずいぶん大きいわね」

「生クリームが俺の胸元くらいまであるんだけど?」

「アイスもいっぱいだね」

「「お客様方二人分のペコス・ビルでございます」」


 もしかしなくても、どうやら俺は地雷を踏んでしまったようだ。


「ちょっとどうすんのよっ……!」


 店内だからか、いつものみことの勢いがない。


「どうするも何も、合体して出て来ちゃったんだからしょうがないだろう」

「私は一人分の飲み物が飲みたかったのっ……!」

「何で?」

「この店のペコス・ビルおまかせはすっごくえるって聞いてずーっと楽しみにしてたんだから。なのに、こんなんじゃ皆に写真も送れないわよ……!」

「別にこのまま送ればいいだろ? まだ手を付けてないんだし」

「二人分のハート型のストロー……! ハートに盛り付けられた生クリーム……! どう見ても恋人と一緒みたいなドリンクでしょ……! こんなの友達に送れる訳ないじゃない……!」


 小声で怒鳴るみことの肉薄に恐怖を感じるも、今の俺にはどうしようも出来ない事だ。


「生クリーム、垂れてきてるぞ。飲むのか? 飲まないのか?」

「こ、こんなの……どうすればいいのよ……! こんな……も、もう仕方ないわねっ!」


 ぷんすこと起こるみことをよそに、俺は二つで一つのハート型ストローに口を付けた。

 彼女と飲む訳でもあるまいし、妹とこんなもの飲んだところで……むぅ!?


「……な、何よっ?」

「あの、顔、近いんだけど?」

「近くしないと飲めないじゃない」


 いや……これは、かなり恥ずかしいぞ?

 俺は今、何故こんなところで、こんな飲み物を、実の妹と飲まなければならないのか。

 顔を真っ赤にしながらストローに口を付けるみことは、ある意味見物かもしれないが、今はそうじゃない。

 俺もまた見世物になっているようだ。

 周囲の視線に晒されながら、俺は架空の人物――ペコス・ビルに恨み節を呟くのだった。

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