第50話 天才派遣所の秀才異端児

 宇戸田うどた雅樹まさき長谷川はせがわ一哲いっけい田中たなかごう深田ふかだひびき近衛このえさとるは、玖命の活躍と、水谷の録画データという決定的な証拠により、天才派遣所が管理する収容所へと連れて行かれた。

 上記に加え、水谷の証言、状況証拠、指紋、彼らのスマホの中身から、非常にスムーズな逮捕となり、玖命はほっと胸を撫でおろし、川奈と共に救急車に乗せられ、いつもの病院に着いた。


「珍しく、覚醒したまま病院に着いてしまった」


 念のためという事もあり、玖命専用の病室なのか、いつもの病室に通され、玖命はベッドに腰掛け見慣れ始めた天井を見つめていた。


近衛このえとの戦いは本当にギリギリだった。あいつの強さは天恵だけに頼らない本当の強さ――技術があった。おそらくあれが、本当の強者になれるかなれないかの境界線)


 玖命は自身の拳を握り、今日の戦闘を振り返る。


(だが、今回の戦いで気になる事があった。それは、近衛の天恵を得た時だ。それは倒した後に得た天恵ではなく、途中で得た天恵。近衛の天恵は【足軽】から成長した3段階目の天恵【武将】。しかし、戦闘中俺が手に入れたのは2段階目の天恵【侍大将】だった。本来であれば、1段階目の天恵である【足軽】を得るはず。一段飛ばして【侍大将】になったのには理由があるのか? 正直、【足軽】を得たとしても近衛は倒せただろう。【侍大将】にならずとも、勝てたであろう戦いに、【探究】はそれを行使しなかった。……いや、出来なかった? する必要がなかった? もしかして……最低で得られる天恵自体が底上げされた?

 悩んだところでしょうがないのだが、最下級の天恵を踏まなくていいというのはありがたい。まぁ、相手の持っている天恵自体が成長していない宇戸田のような状況だと、最下級の天恵しか得られないようだが、これは仕方ないだろう。どちらにしろ、【探究】は今後も様子を見つつ徐々に紐解いていくとしよう)


「――そんなこんなで、色々ありまして……はい」


 現在、玖命の眼前には、への字に口を結ぶ、伊達みことの姿があった。


「あのね、お兄ちゃん? 最近家でお兄ちゃんと会うより、病院で会う方が多いよね? 多いよね? 多いんですよ? 私、何か変な事言ってる? 言ってないよね?」

「はい、仰る通りで」

「無事ならいいんだよ? でもね、そういう風に毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎っ回毎っ回入院してるとっ、私だって心配なのっ? わかるよねっ?」

「いつも心配してくれてありがとうございます」

「い、いつもじゃないんだからねっ!」

「感謝感謝です、みこと様」

「お兄ちゃん? ふざけてるでしょ?」

「滅相もございません」


 そこまで言うと、みことは諦めがついたのか、大きく溜め息を吐いて肩を落とした。


「はぁ……本当に……気を付けてね?」


 心配そうに言ったみことの目を、玖命は直視する事が出来なかった。最近のイレギュラー続き。これからもそれがないとは言い切れない。だから、気を付けこそすれど、玖命の力で防ぎきれない事は絶対に起きてしまう。

 天才として身を置く以上、みことからの要請に大きく首を縦に振る事は出来なかったのだ。


「まったく、こういう時は嘘でもいいから安心させてよ」

「……ごめん。でも、俺、頑張るから……」

「決意表明より確約が欲しいの、私は」

「じゃ、じゃあ……来週の日曜、みことの好きなものを買ってあげよう」


 そう言うと、みことは目を丸くした後、大きく噴き出した。


「あはははは、私が求めてるのは、そういう確約じゃないんだけど?」

「まぁ、それはわかってるよ。でも、前にも話した通り、いざという時がないとは言えない世界なんだ……ごめん」


 それは、玖命が天恵を得、天才として歩み始めた時の話。


「……ふん。ま、まぁ? お兄ちゃんがどうしてもって言うなら、買い物に付き合ってあげてもいいんだから」

「うん、どうしても……」


 そんな優しい玖命の目を、今度はみことが直視出来なくなる。そして、そっぽを向き、仕方なしといった様子で言うのだ。


「じゃ、じゃあそれで手を打ってあげる」

「ははは、ありがとう」

「んもう……お兄ちゃんのバカ」

「何か言ったか?」

「何でもないよ! それじゃあお父さんがそろそろ帰ってくるだろうし、私はこれで帰るね」

「あぁ、気を付けて帰れよ」

「はーい!」


 最後にみことは、扉の間から顔を覗かせ玖命に言った。


「お疲れ様、お兄ちゃん」


 くすりと笑って言ったみことに、玖命は苦笑する。


「親不孝? いや、家族不孝なやつだな、俺って」


 そう呟き、玖命はベッドに背を預ける。

 そして、天井を見つめ、目を瞑る。


(まだ……俺にはまだ足りないものが沢山ある。経験も、知識も、チームワークも、信頼も、お金も、力も……そして、天恵も。みこと、親父、相田さん、川奈さん、水谷……皆、皆に迷惑ばかり掛けている。だから、いつか恩返しが出来るその時まで、俺は自分自身を鍛え、成長し続けなければならない……! そう、絶対に!)


 ◇◆◇ ◆◇◆


 それから数日の時が流れ、天才派遣所には、いつもの日常が戻っていた。イレギュラーな報告などなく、全てが円滑に、順調に進んでいく。

 日が高くなり、天才派遣所の自動ドアが開かれる。

 歩くは、軽快に。進む道は、真っ直ぐに。


「おっと」

「す、すみません……」

「気を付けな、兄ちゃん」


 しかし、未だ障害は絶えず。

 受付に並ぶ新人の天才たちが何やら話している。


「おい、この派遣所にはとんでもない天才がいるって噂なんだぜ」

「あ、それ知ってる。なんでも、低ランクなのに、Aランクの巨大モンスターを倒したとか?」

「何言ってんだよ、数百のモンスターを一網打尽にしたって話だろ?」

「俺が聞いた話だと、高ランクの【はぐれ】を圧倒して捕まえたとか?」

「「…………なんだそれ?」」


 噂は噂を呼び、知らぬ者は噂など眉唾物まゆつばものだと言い、知る者はその噂を真実だと言う。

 Fランクながらゴールドクラスの武器をたずさえ、ボロボロでちぐはぐな装備をまとい、財布の紐は固くとも、そのふところはとても深く、広い。


「おう、伊達。おはよう」

「伊達っちおはよ~」


 男が通り過ぎる度、皆の顔に灯る笑み。

 かつて、見向きもされなかった男が、いつしか輝き、皆その光に当てられ、いつの間にか振り向いている。


「伊達さん、おはようございます! 今日もよろしくお願いしますっ!」


 大盾を持つ快活な少女も、


「やぁ、玖命クン、おはよう」


 鋭い剣気を放つ美しい強者も、


「おはよう伊達くん、今日も一日よろしくね」


 そして、天才派遣所の窓口を預かる、優秀な職員も。


 ――皆は噂する。

 ――天才派遣所には、一人の無能がいたという噂を。

 ――しかし、噂はもう一つある。

 ――無能は開花し、おのが道を歩き始めたという噂を。

 ――日々、自分を追い込み、磨き、昇華する。

 ――無能はいつしか、天才を呑み込むような秀才へと化けるのだ。


「おはようございます! 何かおすすめの依頼はありますか?」


 ――勿論、それがいつの事なのかは、誰も知るよしもない。

 ――天才派遣所が誇る、秀才異端児の伝説は、まだまだ始まったばかりなのだから。










 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 後書き ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 これにて、『天才派遣所の秀才異端児 ~天才の能力を全て取り込む、秀才の成り上がり~』の第一部を幕とします。

 見切り発車な部分はあったものの、キリのいいところまでは突っ走れたと思います。

 さて、明日以降は第二部が始まります。

 ですが、そろそろ一度【キャラクター紹介】や【天恵紹介】などを書いておきたいので、更新頻度が少しだけ下がるかもしれません。まぁ、合間合間に書くので変わらないかもしれませんが、保険だけは打っておきたいので一応書いておきます。


 それではまた、いつかの後書きでお会いしましょう。


           壱弐参


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 明日からもまた、よろしくお願い致します。


追伸:別の作品も連載してたり完結してたりするので、是非ご一読ください。

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