第45話 金持ちの盲点

 明細書


 インプ(小)―――7000円×4体=28000円

 インプ(中)―――9000円×3体=27000円

 インプ(大)―――11000円×1体=11000円

 グレムリン(小)―9000円×5体=45000円

 グレムリン(中)―11000円×1体=11000円

 グレムリン(大)―13000円×2体=26000円

 エティン(中)――2470000円×1体=2470000円

 魔石核(中)―――800000円

 罰則金――――――△200000円

 緊急討伐―――――100000円×1=100000円

 ダンジョン破壊――250000円

 特別手当―――――50000円×1=50000円

 依頼報酬―――――95000円


 合計――――――――――――――――3,713,000円


「お……おぉ……おぅふ!?」


 まずい、吐きそうだ。

 な、何だこの報酬は?

 ダンジョン侵入二回の罰則金なんて、本当に微々たるものだと思えるような明細書。

 報酬額を提示した相田さんはとても嬉しそうに言った。


「流石に今回は振込の方がいいよね?」

「あ、え? あ、はい! お願いします!」


 命の対価と考えれば……まぁ妥当なのかもしれないが、毎回あんな事はしたくない。


「それじゃあ、今日中に振り込んでおきます。これからはどうする?」

「あ、えっと……それじゃあ50万を超えるようなら振込でお願いします」

「はい、かしこまりました」


 鼻歌でも歌い出しそうな表情をしている。

 一体何がそんなに嬉しいのだろうか。

 何か良い事でもあったのか?

 そんな相田さんの意図などわかるはずもなく、俺は相田さんに本日の依頼を聞いた。


「今日は川奈さんと一緒に討伐しようと思うんですけど、何か俺たちに合いそうな依頼はありますか?」

「ん~、二人か……それじゃあコレなんかどうかな?」

「おー、管理区域Bの掃除依頼ですか」


 俺が最初に魔石稼ぎをしていた、ゴブリンのみが出現する管理区域がA。

 そして、ホブゴブリン含むゴブリンが出現する管理区域がBと呼ばれている。


「最近、管理区域Bに出稼ぎに行く天才が少ないせいか、ちょっと多くなってきてるの。慎重な二人なら無理なく出来ると思うんだけど……どう?」

「いいですね。わかりました、一度川奈さんと相談してきます」

「はい、それじゃあこの依頼はキープしておくわね」

「ありがとうございます」


 キープというのは派遣所の職員権限で、20分間だけ依頼を仮受付状態にするシステムだ。これは依頼受諾の重複を防ぐために利用されたり、今回みたいにチームメンバーとの相談にも使われたりするのだ。

 俺は、受付を離れ、川奈さんと討伐について相談をした。


「むぅ……ホブゴブリンですか」

「どうかな? 割合としてはゴブリン7、ホブが3って話だけど?」

「メイジはいないんですよね?」

「うん、今回は管理区域Bだからね。単純な間引きになると思う。前回よりかは楽だと思うよ?」

「前回が異常だっただけです……よ?」


 変な人を見るような川奈さんの目は、どこか引き気味に見えた。


「それに、二人で倒せたのは30体でしたよね? 間引きとなると50体は倒すんじゃないですか?」

「それは大丈夫」

「大丈夫な要素がどこに……?」

「前回より強くなってるから」

「何となく言ってる意味はわかりますけど、結局のところ伊達さんが行きたいだけですよね」


 そんな川奈さんのジト目がぐさりと突き刺さる。


「……まぁ、相田さんもお勧めしてるくらいだし、ちょっと背伸びをしなくちゃ伊達さんに引き離されちゃいますからね。やりますよ」


 仕方ないという様子で川奈さんは了承してくれた。

 確かに、自分だけが突っ走るのは川奈さんにとっても負担が大きい。ならば、これからは色々なすり合わせが重要になってくるだろう。


「ありがとう。それじゃあ引き受けて来るよ」

「はーい」


 その後、俺たちは管理区域Bの掃除任務を引き受け、現地へと向かった。

 だが、早速問題にぶち当たったのだ。


「電車!? 電車ですか!」


 何故か電車に喜ぶご令嬢がいらっしゃったのだ。


「川奈さんっていつもどう移動してるの?」

「専属の運転手がいるので、電車には乗った事ないんですよー」


 つくづく住む世界が違うのだと実感する。

 同じ天才同士だと、こういう事も起こるという事か。


「じゃあ、ICカードは持ってないよね?」

「そうですね、ないです」

「それじゃあ切符を買うんだけど――」

「――切符っ! テレビで観た事があります!」


 小学生みたいだ。

 切符を買い、改札を通りながらはしゃぐ川奈さんは、本当に喜んでいた。彼女の大盾が目立ちまくって、一種の目印になってしまっている。


「川奈さんって運転手にはその、バレてないの? 派遣所に行ってる事」

「派遣所近くのレンタル倉庫付近に降ろしてもらってるんです。そのレンタル倉庫で色々準備して……派遣所まで来てます」


 18にして隠蔽工作が凄い。


「近くで一人暮らし出来たらいいんですけど、派遣所付近は賃貸が高くて、私の報酬だけじゃ賄えないんですよね」

「なるほど、一人暮らしのお金は自分で払いたいと」

「父の家族カードを使うとバレてしまいますから」


 お金持ちもお金持ちなりの悩みがあるという事か。

 しかし、ここら辺の賃貸は派遣所が近い事もあって安全性が高く賃料こそ高いが、少し離れれば結構お手頃な賃貸があったと思うのだが?


「ちょっと離れたところで暮らすってのは難しいの?」

「そうすると運転手を新たに雇う必要があって……」

「電車で通うという手段はないと」


 そう言うと、川奈さんはピタリと止まって俺を見た。

 また変な人を見るような目である。

 そして頭を抱えながら言うのだ。


「…………盲点でしたっ!?」


 今日、一つ教訓を得た。

 金持ちの盲点は、庶民の常識なのだと。

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