第43話 記憶の断片

「俺、あの後ポータルに入ったんですか?」


 聞くと、相田さんではなく、水谷が頷いた。


「玖命クンがエティンを倒した後、私と高幸はすぐにキミに声を掛けた。でも、キミはふらふらになりながらも立ち上がって、ポータルに向かおうとしたんだ」

「あー……そう言われると、何か思い出してきました」


 ボスを倒したダンジョンは、時間が経つと再度ボスを生み出す。俺はそれを懸念してダンジョンに向かおうとしたんだ。


「一応規則だから私は止めたんだが、高幸がな」

「越田さんが?」

「玖命クンの電話を使って、よしみに言ったんだよ。『ボスを倒したのは彼なのだから、彼にダンジョンを破壊させてあげて欲しい』って」


 すると、相田さんがコクンと頷く。


「だから、私は越田さんと結莉ゆりが付き添うのであればという事で許可を出したの」


 なるほど、そういった経緯があったのか。


「で、でもよかったんですか? 規則は……?」

「勿論、罰則金は払ってもらいます」


 相田さんが過去一番恐ろしい事を言った。


「でも、その罰則金だけです。信用には響かないからそれは安心してください」

「……罰則金かぁ~」


 俺が20万の請求に落ち込んでいると、水谷が俺をつんつんとしてきた。

 そして、先程の麻袋を指差して、言ったのだ。


魔石アレがあれば罰則金なんて問題にならないでしょ?」

「おぉ…………おぉ!?」

「今回は私が解体したから、解体費用も請求されないしね」


 ウィンクを送って来る水谷が天使に見えるのは気のせいだろうか。


「何せAランク高位と言われる赤鬼の魔石だからねぇ。大きさも悪くないし、200万はくだらないんじゃないかなー?」

「にひゃ!? え、本当ですかっ!?」


 俺の驚きは、二人を驚かせてしまう。

 病室に響いた俺の声は、二人の目を瞑らせる。


「は、ははは……すみません」

「ふふふ、まぁこれからは依頼も増えるだろうし、お金は確実に稼げるよ」

「依頼が増える?」


 すると、相田さんが申し訳なさそうに言った。


「えーっと、エティンの時は緊急マニュアルに従って、伊達くんの声が全部天才派遣所にスピーカーで……ね?」

「あ…………そういえばそんなマニュアルがあったか……」

「ははは、エティンへのあの啖呵は、皆興奮してたよ」

「あ、あの啖呵って……!?」


 そう聞くと、二人はまた見合って、物凄くイイ顔をして俺に言ったのだ。


「「五月蠅うるせぇなぁ…………!」」


 その言葉に、俺は顔が熱くなるのを感じた。


「そ……それはちょっと感情がたかぶっちゃって……その」


 そんな俺を見て、二人はくすりと笑った。


「ふふふ、玖命クンも無事だった事だし、私は帰るよ」

「水谷さん、ありがとうございました」

「なーに、私は何もしてないよ。あ、そうだ。ウチの代表が見舞いの品って事でコレ」


 そう言って、水谷は俺に一枚のカーボン紙を手渡した。

 カーボン紙って事は……何かの控え?


「こ、これ【ジニウェイ】の引換証じゃないですか!?」

「そう書いてあるならそういう事かもね」

「そ、それに何で越田さんが俺にお見舞いを……?」

「きっと玖命クンを取り込みたいんだよ」

「取り込みたいって……」


 それを聞いた相田が反応を見せる。


「まさか、越田さんは伊達くんを【大いなる鐘】にっ!?」

「そういう事。まぁ、それを決めるのは玖命クンだけどね。安心していい、引換証それは私からのお見舞い分も入ってるし、本当にただのお見舞いだから」

「そ、そうは言っても……」

「玖命クンの武器、今はないんでしょう?」

「う……確かに……」

「まぁ、高幸はそういう見返りは絶対求めないヤツだから、そこは安心していいよ。まぁ、人の善意にはつけこむけどね。それじゃあね~」

「あ、ちょ――」


 そう言って、水谷は病室を出て行った。

 残された俺と相田さんは、互いに見合ってから苦笑する。


結莉ゆりには困ったものね」

「いえ、何だかんだで助けられてますよ」

「そう、それならいいんだけど」

「うん……明日には退院出来そうですね」

「あんまり無理しないでね」

「はい、勿論です」

「伊達くんが無事で本当よかった……」


 そう言う相田さんの顔は直視出来ない程、綺麗だった。

 首から頬に上がって来るような熱いモノに、俺は先程とは違うような恥ずかしさを覚えた。


「あ、相田さんにも助けてもらいました。本当にありがとうございましたっ」

「いえいえ……どういたしまして」


 それからしばらく、無言の空間が流れた。

 何を喋っていいのかわからなかった。というのもあるが、その沈黙が、俺には何だか心地よかった。

 相田さんが気を利かせてお茶を淹れてくれて、お茶の味なんかわからなくて、でも、美味しかったのは覚えている。

 そんな空間がいつまでも続けばいいのにと思ってしまう程には、その時間は安心出来た。

 しかし、当然終わりは来るようで、


「伊達さん! 大丈夫ですかっ!?」


 病室の扉が開かれ、響く心配の声。

 川奈ららが現れたのは、一体何故か。

 おそらく、みことが連絡したのだろう。

 俺を知っている人の中で、そんな事をしそうなのは妹くらいだしな。


「じゃ、じゃあ私はこれで。何かあったら連絡してね。こっちに」


 そう言って、相田さんはスマホを俺に見せて言ってきた。

 なるほど、そういえば相田さんの連絡先が水谷から届いていた。後でお礼の連絡でもしておこう。

 その後、俺は川奈さんからの怒涛の質問攻めに遭いながら、心やすらかな一日を終えるのだった。

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