第42話 いつか見た天井

 ……ここはどこだ?

 目を開けたというのに、どこだかわからない。

 目の端から見えるのは、自分の家ではないという情報だけだ。

 さて、何故正面が見えないのか。

 それには理由がある。

 一つ、目の前に顔があるから。

 一つ、顔が非常に近いから。

 一つ、どう見てもみことの顔だから。

 目を逸らせば噛みつきでもしそうな顔だ。

 正直、赤鬼エティンの方が怖くないと思えてしまうくらいには、みことの顔は恐ろしかった。


「……おはようみこと

「おはよう、お兄ちゃん」


 とても強い語気だ。ゴブリンくらいなら倒せそうな程に。


「ここはどこでしょうか」


 時にはへりくだる兄がいてもいいじゃないか。

 だって怖いのだから。


「毎度お馴染みの病院ですが、何か?」

「最近多いよね、みことと病院で会うの」

「お兄ちゃんくらいだよ、病院を無料で出入りする天才って」


 という事は、今回も治療費は派遣所持ちなのか。


「や、やったね」

「私としては、お兄ちゃんが何をやったのか聞きたいんだけど?」

「モンスターと戦い、ちょっと怪我をした?」

「何で疑問形なのよ?」

「いや、何だかんだで身体に影響はないみたいだし……ね?」

「【回復術士】の人が頑張ってくれたからでしょ!」


 その通り過ぎて何も言えない。

 内臓にダメージを負っても回復出来たという事は、かなりの出費だっただろう。

 命はぷんすこと頬を膨らませた後、身支度をし始めた。


「どこか行くのか?」

「学校に決まってるでしょ」


 そう言われて、俺はようやく窓を見た。

 なるほど、曇っているがどうやら朝のようだ。

 だが、朝というには少し昼に近いような?


「もしかして午前中休ませた?」

「ご名答。面会が9時からだったしねー。それじゃあ私は行くから、今日はゆっくり休む事、じゃね~」


 そう言って、みことは手を振ってから病室を出て行った。

 ホッと息を吐く暇はなく、その後すぐに病室の扉が開いた。


「目が覚めたようだね、玖命クン」

「伊達くん、よかった……!」


 水谷結莉ゆりと、相田よしみさん。

 この二人は最早もはやセットなのかな、と思う今日この頃。


「相田さん、水谷さん、この度はご迷惑をおかけしました」

「ううん、迷惑なんて事はないから。むしろ、こちらが毎回悪手ばかりで申し訳ないくらい……」


 相田さんの言葉もわからないでもない。

 本来、起きてはならない事が起きている訳だし。

 だが、それとこれとは違うのだ。


「いえ、イレギュラーが続いただけです。誰も川の中にポータルとは思いませんし、FランクモンスターのボスがAランクとは思いませんよ」

「そうだけど……」

「最近、こういった事が起きてるんですか?」


 言うと、相田さんは水谷と顔を見合わせた。

 すると、相田さんの代わりに水谷が話し始めた。


「比較的増えているという報告は受けているよ。以前、私が大怪我を負ったのもCランクダンジョンに現れたボスがSSダブルのボスだったからに他ならないからね」


 そうか、水谷が病院に運ばれたってニュースになったのはイレギュラーが関係していたのか。


「最近、【大いなる鐘】は派遣所からの要請で、大きく安全マージンをとったダンジョン攻略をし、その報告をしている」

「そ、それって話していい情報なんですか?」

「問題ない。玖命クンは当事者だし、高幸にも許可はとっている」

「そう……ですか」


 すると、相田さんが補足するように教えてくれた。


「現在、天才派遣所ではダンジョン侵入の適格者のランクを上げるという話があがっています」

「……具体的には?」

「Bランク以上という事に決まりかけていましたが、今回のケースと水谷さんのケースをかんがみて、Aランク以上という事になりそうです」


 Aランク以上か。

 となると、俺がポータルの中に入るのはまだまだ先だろうな。


「玖命クンはダンジョンに入っても問題ないんじゃないか?」

結莉ゆり、何言ってるのよ?」

「赤鬼エティンを単独で倒せる天才よ? 【大いなる鐘ウチ】でも出来る人間は数える程。手札を考えるのであれば、ダンジョンに侵入出来る人間はかなり絞られる。なら、実力のある者だけが入れるようになるべきじゃない?」


 水谷の言い分はわかる。

 Cランク以上は全天才の30%と言われている。

 Bランク以上は15%。これがAランク以上となると、5%を切ってしまうだろう。

 5%の天才だけで、世界のポータルを破壊して回れるかと言われると、派遣所も首を縦に振れないだろう。


「……わかりました。有識者の意見として、Sランク以上の天才に認められた天才は、ダンジョン侵入の許可証を得られるような仕組みを構築する……という事で上に上げてみます」

「なるほど、テストをするのか。それはいい考えだね。さっすがよしみ!」

「ま、まだ決まってないからね? 聞くだけだから」

「派遣所はそういうところは柔軟だし、何とかなるでしょ。ハハハハ」


 これを機に、天才派遣所の仕組みが変わる可能性がある。

 俺はもしかして、とんでもないタイミングで天恵を発現したのかもしれない。


「あ、そうだ」


 思い出したように水谷が言う。


「これ、玖命クンのね」


 どちゃりとベッド脇の箪笥の上に置かれた麻袋。


「何ですか、これ?」

「ダンジョン破壊した時の魔石と、エティンの魔石だよ?」


 何をしれっと言ってるんだろうか、この人は。


「うぇ? エティンはわかりますけど、何でダンジョン破壊の魔石まで俺のって事になるんですかっ?」


 そんな驚いた俺を見て相田さんと水谷は見合ってから俺に聞いた。


「伊達くん……」

「玖命クン……」

「「……覚えてないの?」」


 どうやら俺は、記憶の一部を失っているようだ。

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