第29話 解けぬ暗号

「こ、ここここここれは……!?」


 流石、我が妹。

 俺が大金を受け取った時と、まったく同じ反応をしている。

 しっかり声が裏返るところまでそっくりだ。


「スマホだよ。みことが赤で、親父が黒。で、こっちが付属の充電器」

「う、うちにそんなお金なんてないわよ!」


 口は雄弁なのだが、既にスマホの箱を抱きかかえている。


「あとこれ、今日のアガリ」


 みことに50万円を手渡す。

 残りの金額は、武具を揃えるのに個人的に使うつもりだ。


「な、何よこれぇ!?」

「声が上ずってるぞ」

「お、おおお兄ちゃん、何か危ない仕事始めたんじゃないの!?」


 口は雄弁なのだが、既にスマホの箱は勿論、札束を抱きかかえている。


「まぁ、天恵を得てからはずっと危ない仕事してるな」

「荷物運びでこんなお金が出るってどういう仕事よ!」

「荷物運びとガイドだって」


 そう説明しても、みことにはイマイチうまく伝わっていないようで……、


「ま、まさか……はぐれ、、、になったんじゃないでしょうね?」


 恐る恐る聞くみこと

【はぐれ】とは、天才のはぐれ者の総称で、派遣所に登録だけしてアンダーグランドな仕事に就く天才の事だ。

 噂でしか聞かないが、天才派遣所でも管理出来ない存在がいるのも事実という事だ。


「そんなやましい事なんてしてないよ。ちゃんと派遣所から貰ったお金だよ」

「本当?」

「念押しはするなよ?」

「本当の本当?」

「するのかよ! 本当だよ、本当っ」

「そ、それじゃあ……来年の税金が大変ね……」


 急にリアルな事言い始めたな。

 でも、その通りだ。収入が増えれば納める税も増える。

 入ったお金を全額を使うのではなく、来年を見越したお金の使い道が大事だろう。


「なぁ、伊達家ウチの借金って今どれくらい残ってるんだ?」

「ん~……ようやく億の桁が外れたくらい……?」

「それって、ほぼ億じゃん」

「だからスマホなんて買うお金は――って、スマホこれってお兄ちゃんの契約……?」

「だな」

「…………なら大丈夫か。借金はお父さん名義だし」


 今、みことの頭の中を煩悩が支配した瞬間を見た気がした。

 ……いかんいかん。俺までお金の煩悩に負けてはいかん。

 まずは借金返済が急務だ。

 時間を掛けて着実に成長すればいいのだ。


「ふーんふふ~ん♪」


 鼻歌を歌いながら命がスマホを操作している。

 何だ、あの指の動きは? 俺より数倍早いんじゃないか?


「随分手馴れてるな」

「友達に操作方法教えてもらった事あるし、こんなの普通だよ、ふつ~」


 常時、スマホを二台持って、両手で操作するのが普通なのだろうか?


「はい、全員のスマホに全員の電話番号とメールアドレス入れといたよ」

「おぉ……でも、自分の番号も入れるのか?」

「まだ自分の番号とメールアドレス覚えてないでしょ? すぐ出せるようにしておいた方が便利なの。それに、自分の連絡先を貼り付けるために登録しておくのに損はないんだよ」

「なるほど、勉強になりました」

「素直でよろしい」


 流石みことだ。頼りになる。


「ところでお兄ちゃん」

「ん?」

「連絡先に川奈さんの名前が入ってたんだけど?」

「あぁ、彼女と一緒にスマホを契約しに行ったんだよ。最初、『今後もチームを組む事があるだろうから連絡先が知りたい』って言ってね。スマホがないって言ったら、流れで、うん」

「ふ~ん。じゃあ伊達家のスマホ導入は川奈さんのおかげって事ね」

「まぁそういう事になるな」

「じゃあ、後で川奈さんに私に連絡先教えていいか聞いてみてくれる? 私からもお礼がしたいから」


 こういうところは本当にしっかりしてる。

 はたから見れば……我が妹ながら美少女である。

 そういや、昨日のなんちゃって検査入院の時に、病院で仲良くなってたな、川奈さんとみこと

 

 ん? スマホにメール着信?


「よし、それじゃあ私は銀行にお金入れるついでに、タイムセール狙って来るね」

「あ、あぁ。気を付けてなー」

「はーい!」


 いつもと変わらないいつものみことだが、その手にはしっかりとスマホが握られている。

 外出する妹の背を見送り、俺は先程の着信を思い出す。


「おっと……メールメールっと。川奈さんかな?」


 しかし、届いていたメールは川奈さんからのものではなかった。

 メールの送信者には妹の名。

 メールの受信者には俺の名。

 そして、空のタイトルと、たった10文字の本文。


 ――スマホ、ありがとね。


 そんな淡泊な文面に、顔が綻んでしまったのは、妹には内緒である。

 その後、俺は川奈さんにメールをしてみた。

 短い文面を作るのに十分もかかってしまったが、他の人はすぐに出来るのだろうか。

 そんな事を考えていると、川奈さんからすぐにメールが返ってきた。


 ――メールとか初めて使いました! 『ToKWトゥーカウ』ってアプリが便利なのでDLダウンロードしてみてください! 私のアカウントIDは『RaKalaWa0326』です♪


 だが、それは俺にとって暗号に他ならなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る