第28話 押しの契約

 お金をしまうと、川奈さんは思い出したかのようにポンと手を合わせた。


「あ、そうだ」


 どこかわざとらしく見えてしまったのは気のせいだろうか。


「どうしたんです?」

「あの……出来ればこれからも伊達さんと一緒に依頼したいなーと思うんですけど、どうですか?」

「あ、それは勿論。むしろこちらからお願いしたいくらいです」

「そ、それでなんですけど、いつも天才派遣所経由で連絡とるのもアレなんで、もしよかったら伊達さんの連絡先を教えて欲しいんですけど……ダメ、ですか?」


 どことなく緊張しているように見えるのは気のせいだろうか。


「勿論構いませんよ」


 そう言うと、川奈さんはスマホを出し、俺はテーブルに備え付けのメモ用紙を千切って、電話番号を書く。

 すると、川奈さんは小首を傾げた。


「これ……もしかしてご自宅の電話番号ですか?」

「え? えぇ、そうですけど?」

「で、出来れば伊達さんへのホットラインがあると嬉しいかなーと……」


 それが俺のホットラインなのだが……ん?


「あ、えっとすみません。俺、スマホ持ってないんです」

「ぇ?」


 まるで珍獣でも見つけたかのような視線だ。


「は、はははは……」


 天才のスマホのGPS機能は俺に限り反応しないんだよな。

 まぁ、俺以外が持っていれば問題なかったのだが、固定でチームを組むだろう人がいるのであれば、確かにスマホがあった方がいいだろう。

 そんな事を考えていると、川奈さんはバッと立ち上がり、言った。


「伊達さん!」

「え、はい?」

「この後、お時間ありますかっ!?」

「と、特に用事もないので、訓練くらいはしようかなーと思ってましたけど」

「ちょっと私に付き合ってください!」


 この金額を持ち歩く訳にはいかないから、本当は一度家に帰ろうと思っていたんだが……、


「はぁ……?」


 彼女は一体どこに俺を連れて行こうというのか。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「こ、ここは……KWNカウン?」


 KWN――通称カウンの愛称で親しまれる大手の移動体通信事業者キャリア


「さぁ、入りましょう!」


 俺は川奈に手を引かれるまま、店舗へと入って行く。


「川奈さん、スマホの新調するの?」

「何言ってるんですか、伊達さんのスマホを契約するんですよ」

「うぇ!? だって、俺、お金ないよっ!?」

「さっきのお金使っちゃ駄目なんですか?」

「え、いや、ダメって訳じゃないけど……」

「大丈夫です。スマホがあれば、スマホの代金くらい簡単にペイ出来ちゃうんですから」


 お金を払うのに、収益性があるというのはどういう事か?


「伊達さんって当然、これからも天才のお仕事はするんでしょう?」

「え? そりゃそうですね」


 そう言うと、川奈さんはニコリと笑って説明を続けた。


「そうなると、沢山のお買い物が必要です」

「まぁ……必要な物は取り揃えないといけないし」

KWNカウンのスマホだと、デフォルトで入ってるアプリ【KWKWカウカウ】で、通常より安い価格で色んなものが買えちゃうんです」

「へぇ……そんなサービスが」

「送料無料、購入毎に溜まるKWKWポイント。更に、天才御用達の【ジニウェイ】と提携しているので、【ジニウェイ】の店舗、オンライン店舗での購入費用が10%割引になるんです! 勿論送料は無料!」


【ジニウェイ】とは、『天才の武具道』を掲げる天才用の武具店である。かくいう俺も、今の鉄の剣をジニウェイで購入している。スマホがあれば10%割引だったのか……これは大きい。

 むぅ……聞けば聞く程メリットがあるな。


「今ならジーニアスファミリープランがあって、ご家族の方も低コストで契約出来るんです」


 何だか、凄いプレゼンを受けている気がする。

 確かに、みことも親父もスマホを持っていない。

 これを機に契約するのもいいかもしれない。

 特にみことは、スマホに関する話題は学校で出来ないと言ってたし、出来れば契約してあげたい。コンスタントに今の稼ぎが出来るのであれば、家族の連携もとれていいかもしれない。


「型落ちでもよろしければお安く融通しますから、いかがですかっ!?」

「うーん、確かにいいかもなぁ~……ん? ……融通?」

「あ、言ってませんでしたっけ? KWNカウンは父の会社なんです」

「は? はぁああっ!?」


 そ、そういえばKWNは川奈の頭文字。

 金持ちだとは思ってたが、まさかKWNカウンのご令嬢だとは思わないだろう?

 いや、しかしなるほど……聞いてみれば確かなプレゼンりょく


「じゃ、じゃあ……もう少し詳しく話を聞かせてもらおうかな?」


 そう言うと、川奈さんは嬉しそうに『はいっ!』と喜びながら、俺を窓口――ではなく、応接室へと連れて行ったのだった。

 その後は、本当に見事な流れだった。

 支店長自らが応接室に登場。

 何故かお茶の歓待を受ける。

 スマホ初心者でも扱いが簡単な人気シリーズのスマホを、支店長が部下に持って来させる。

 家族の好きな色――おれみことおやじを伝え、そのスマホ三台を俺名義で契約。

 伊達玖命きゅうめいのスマホデビューと相成った訳だ。

 ちょっとした出費だが、連絡もある種の生命線。

 なくて損する事はあっても、あって損する事は少ないだろう。


「さぁ伊達さん! 連絡先、交換しましょ!」


 最近思ったのだが、俺の周りって、押しが強い女性が多い気がする。









◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

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※①第27話で登場した玖命くんの財布ですが、『マジックなんちゃら』は調べたら商標登録されていたので、正式名称の『面ファスナー』に修正しました。わかりにくい……! なので、少しだけわかりやすいように地の分とか台詞を修正してます。気になる方はチェックしてみてください。

※②基本的にはこういった後書きは書きませんが、物語に関する伝達、補足事項等あれば、書くようにします。


以上、よろしくお願いします。  壱弐参

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