第26話 忘れた頃に……。

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……も、もう…………だ、だめ…………」


 仰向けに倒れ、眩しいライトを睨む。

 時刻はもう夜中近い。

 まさか、こんなに確認作業を続けるとは思わなった。

 というか、これはもう完全に訓練である。

 ポータル前での戦闘の方が、まだマシだったのではないだろうか。

 そんな事を考えていると、俺の視界に嬉しそうな表情をした水谷が現れた。

 そしてまたちょこんとしゃがみ、今度は微笑みながら俺の頬をツンツンし始めたのだ。


「ふふふ……良かった。とても良かったよ玖命クン。特に最後の方は気迫が凄まじかった。もしかすると、私が剣聖になったばかりの頃よりも……」


 これだけの天恵を持っててそこにすら到達出来ていなかったら、泣きたくなるところだ。

 最終的に【剣豪】の解析は84%まで上がり、【頑強】に至ってはDにまで成長した。そのおかげで水谷の攻撃が多少耐えられたのもある。


「ははは、これはもう使い物にならないね」


 ボロボロの木剣をくるくると回し、水谷が言う。

 確かに、剣を合わせた回数より、俺を殴った回数の方が多いような気がする。

【上級騎士】の天恵でかなり硬くなっているのに、その上【頑強】まであるのだ。剣の方が痛むに決まっている……と、思ってしまうあたり、自分の天恵はやはり普通ではないのだろう。


「だ、伊達くん……大丈夫っ!?」

「相田さん……お久しぶりです……」

「夜になってから急に忙しくなって、もうとっくに終わったと思ってたのに、まだやってたなんて……」


 夜になれば他の天才たちも討伐から帰って来る。

 相田さんも俺たちのカメラに注視しっぱなしって訳にもいかなかったのだろう。


「それで、玖命クンの処遇はどうなりそうだい?」


 水谷の言葉に、俺は思い出す。

 そういえば、天才派遣所とはいえ、ここはお役所だったな。

 相田さんは眼鏡をくいと上げ、水谷に言った。


「……近い内に、本部から【鑑定】持ちの天才が来る事になりました。どうなるかはその結果次第……という事になるかと」


 心配そうな目で相田さんは言った。

 そして、申し訳なさそうな目になって、俺から目を背けた。

 まぁ仕方ない。遅かれ早かれこういう事にはなっていたはずだ。


「大丈夫ですよ、相田さん。前と同じなんですから」


 そう、天恵が発現しなかった時期、やはり天才派遣所の本部から【鑑定】持ちの天才が俺の下までやって来た。

 そして、何もわからずに帰っていった過去がある。


「それはそうだけど、伊達くんがモルモットみたいになるのは我慢出来ないわ」

「それに……」

「それに?」

「いや、何でもないです。よっ!」


 そう言いながら、俺は身体を起こす。


「……そう」

「えぇ、認められれば依頼も多くきそうだし、俺にとって悪い事じゃないですよ。ところで、水谷さんは?」


 いつの間にか水谷が消えている。

 一体どこに?

 と思った瞬間、訓練スペースの奥からシャワーの音が聞こえ始めた。


「ゆ、結莉ゆりったら……伊達くんだっているのに……」

「水谷さんって、テレビで観るのとほとんど変わらないんですね」

「まぁ、あの性格に助けられてる事も多いけどね。男の子より女の子のファンの方が多いし」


 確かに、みこともそのクチだしな。


「はぁ、ここはもういいから伊達くん、今日は帰った方がいいんじゃない? もうすぐ終電でしょう?」

「それもそうですね。相田さんも残らせちゃって申し訳ないです」

「私はいいのよ、仕事なんだから」

「それなら俺も仕事ですよ」


 互いに見合って苦笑した後、俺は帰り支度を始めた。

 すると、相田さんが言ったのだ。


「川奈さんには連絡してあるから、明日の13時にここに来てくれる?」

「そういえば、まだ依頼完了報告出来てませんでしたね。わかりました、では明日13時に」


 荷物を持ち、俺は相田さんに背を向ける。

 最後、相田さんがくすりと笑ったのは気のせいだろうか?


「それじゃあ、失礼します。水谷さんにはお礼を伝えておいてください」

「あ、うん。また明日ね」


 ◇◆◇ ◆◇◆


 帰宅すると、目を吊り上げた我が妹が玄関で仁王立ちしていた。

 ……これは、平身低頭でいくしかない様子。


「お兄ちゃん!」

「はい」

「何時だと思ってるの!」

「えーっと……1時……かな?」

「いくら待っても帰って来ないから心配したんだからね!?」

「いつもご心配おかけします」

「そうかしこまっても許してあげないんだからっ! んもうっ! お風呂は!?」

「入ります」

「ごはんは!?」

「あるなら食べたいです」

「よし! それじゃあちゃっちゃとお風呂入って来て! その間にごはん温め直すから!」

「ありがとうございます」


 ふぅ、何とか切り抜けられた。

 がしかし、みことには何か埋め合わせが必要かもしれない。

 ……ん? 埋め合わせ?


「あぁ!? 水谷さんからのサイン!?」


 脱衣所でそんな素っ頓狂な声をあげたものだから、みことが駆けつけてしまった。


「どうしたの、お兄ちゃんっ!?」

「ちょ、ちょっとみことさん!?」


 俺はTシャツで我が身を隠し、みことからの視線を防ぐも……ん?


「ちょ、な、何引っ張ってるんだよ!?」

「お兄ちゃん! こ、これ!」


 みことの視線の先には俺の一張羅……もとい俺の白いTシャツ。だが、何か変だ。

 みことの視線を更に追うと、Tシャツの背の部分……そこには黒いペンで書きなれた感じの水谷のサインが書かれていた。

 なるほど、帰り際に相田さんが笑ってたのはこれが原因か。


「み、み、『みことちゃんへ』だって! お、お兄ちゃん、でかした!!」


 言いながら、俺からTシャツを奪おうとするみこと


「ちょ、ちょっと待て!」

「新しいTシャツ出しといてあげるからソレ使って! これは私の!」

「それはいいけど、今はダメだって! おい、引っ張るな!」

「ケチケチしないの! ちっちゃい男ね!」

「ちっちゃくないわ!」

「何怒ってるのよ、いいから渡しなさい!」

「のぉ!?」


 その面倒臭いやりとりは、親父が仲裁に入るまで続き、俺がTシャツを渡せない理由を親父が説明したところ、みことは顔を真っ赤にして脱衣所から出ていったそうな。

 風呂後の食事がちょっと焦げ臭かったのは、気のせいだと思いたい。

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