第23話 ほんの少しの嘘
俺はベッドの背もたれを上げ、相田さんと水谷はベッド横の椅子に腰かけた。
最初に口を開いたのは、やはり相田さんだった。
「天恵が……発現したんだね?」
これには、俺も頷く他なかった。
川奈さんと倒したゴブリンの数は30体程。
400体近いゴブリンを短時間で全滅させておいて、天恵が発現していないという嘘は、この人たちには通らない。
「そう……」
相田さんはそう呟いた後、口をキュッと結び……小さく零した。
「……よかった」
予想だにしない言葉を。
「本当によかった……」
相田さんの震える瞳に、俺は確信した。
あぁ……俺はきっとこの人にずっと守られてきたんだな、と。
彼女の心配を差し置いて、信頼を裏切るような事は出来ない。
「それはつまり、戦闘系の天恵って事でいいのかな、玖命クン……?」
相田さんは喋れる状態じゃない。
なら、水谷が聞くのが筋だろう。
だが、この質問に対し、俺は首を横に振る事で応えた。
「ホブやメイジすら交ざっているゴブリンを400体倒しておいて、戦闘系じゃない? それは一体どういう事なの?」
「……俺の天恵【探究】は、謂わば自己学習型の天恵です」
言うと、水谷と相田さんは顔を見合わせた。
確かに、これだけでは伝わらないだろう。
「発動条件は、異常なまでの集中力。ゴブリンジェネラルに殺されそうになった時、発現しました」
「死の淵に発揮する集中力か。確かに私も経験がない訳じゃない」
そこまでは二人も納得した。
だが、次の言葉で二人の目は丸くなり、思考が止まったのだろう。
「その時、俺は、ゴブリンジェネラルの天恵【集中】を得ました。つまり、二つ目の天恵です」
何故なら、微動だにしなくなったのだから。
そりゃそうだ、二つ目の天恵なんて聞いた事がない。
高価なアーティファクトの中には、能力向上系の天恵が封じられている事もある。
だが、ミスリルクラスの
天恵+Aを超えるアーティファクトの存在は世界で確認されていない。
そんな状態で、俺は比較的有用性の認められる【集中】の天恵を得たと言ったのだ。
二人が硬直するのも当然と言える。
「それで、何とかゴブリンジェネラルの攻撃を掻い潜り、奴を倒す事が出来ました。でも、まさか二体目が現れるとは思いませんでした」
「そ、そこに私が現れた……と?」
いつもは平静を装っている水谷にすら困惑の色が見える。
相田さんはといえば……大変だ、頭を抱えてらっしゃる。
「だけど、たとえ【集中】の天恵があったところで、あの大量のゴブリンを倒せるとは……」
「水谷さんの動きを見て【剣士】を、最近していたゴブリン狩りでゴブリンの天恵【腕力G】を」
また二人の時が止まった。
「す、すみません。コントロール出来ない訳じゃないんですけど、水谷さんがゴブリンジェネラルを倒している間に三つ目の天恵を……はい」
「ちょ……ちょっと待ってくれ?」
語尾にまだ混乱が見える。
「つまり玖命クンは……四つの天恵を持っているというのかい?」
「えーっと今日でホブゴブリンの【頑強F】、ゴブリンメイジの【魔力G】……あ、それと川奈さんの【騎士】も得たので七つ……ですかね」
三度止まる時。
もしかして俺は時を支配する天恵でも得たのだろうか。
「冗談……ではないんだね?」
「もっといい嘘があるなら教えてくださいよ……ははは」
二人の心配と信頼。
これに応えるにはこの方法しかなかった。
だが、このほんの少しの嘘は、バレた時にまた怒られるんだろうなぁ。
でも、天恵の成長速度も異常で、既に【剣豪】だとか【上級騎士】の天恵を得ているとか言っても、それこそ嘘に聞こえてしまうだろう。
それに、俺の時間も大きく奪われるだろう。
今はとにかく時間が欲しい。
せめて……せめて、
二人は俯いたままちらりと互いを見合っている。
このアイコンタクトの内容は大体わかる。わかってしまう。
水谷「本当だと思うか?」
相田「伊達くんがこのタイミングで冗談言うとは思えない。それより」
水谷「それより?」
相田「こんな事、どうやって本部に報告すればいいのよっ」
とか、そんなところだろう。
「それは、玖命クンのこれから次第だ」
まるで、俺の予測が合っていたかのような水谷の発言。
彼女は立ち上がり、俺に言った。
「玖命クン、怪我は?」
「え? あぁ、病院の回復術士さんのおかげで、すっかり。元々検査入院なんか必要なかったですし……」
そう言うと、水谷は相田さんにこう言った。
「
「え? は? ちょっと
「今すぐ八王子支部のレンタルルームを押さえてちょうだい」
「……も、もしかして――」
「――勿論、秘匿制限をかけて、ね」
最初は一体何を話しているのかと思っていたが、
「玖命クン、おめでとう。退院だ」
晴れやかでにこやかな水谷を見ていたら、鈍感な俺でも気付いてしまう。
「七つの天恵……見せてもらおうじゃない」
そう意気込んで病室を出て行く水谷。
相田さんは俺をちらりと見た後、
「ど、どうしよう伊達くん……」
と、困惑していた。
だから俺は、とりあえず希望だけ出してみる事にした。
「帰っていいですか?」
希望を出すのは自由だからな。
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