第17話 初めての討伐任務

 事前打ち合わせを終えた翌日、俺と川奈さんは、ゴブリン目撃情報のあった町田まで足を伸ばし、捜索を開始した。

 ゴブリンの目撃数は5体。

 天才派遣所の教えには、目撃数の倍を想定して準備し、動くとある。

 つまり、今回の討伐任務は最多でもゴブリン10体を目安に任務にあたるという事。

 とりあえず目撃情報のあったビル裏通りまでやって来た訳だが、


「きょ、今日はよろしくお願いしますっ!」


 荷物も30キロ程だし、腕力規定に反していない。

 内容物も食料から地図、応急セットと様々だが、どれもバランスよく取りやすいように入っている。新人だけあってかなり細かく考えて来たようだ。


「よろしくお願いします。それじゃあ、早速捜索に入りましょう」


 雑踏から奇異の視線を向けられつつ、立ち入り禁止のテープを潜る。


「や、やっぱり天才って変な目で見られちゃうんですねぇ……」

「川奈さんも元一般人でしょう? なら、わかるんじゃないんですか?」

「確かに……自分にない力を持っていると考えると……天才の人たちは怖かったです」

「そういう事ですよ。どれだけ人気がある天才だとしても、間近で見れば恐怖の方が勝る。そういう人間が多いのは事実です。でも、期待しない人間がいないとも言い難いですからね」

「そうなんですか?」

「本気で平和を願っている人、天才の家族、親族……このあたりが大枠を占めますけどね」

「ん~、そうでしょうか?」

「え?」


 川奈さんの父親は、だからあんなに高価な品を――と思ったが、直後、彼女はとんでもない事を言ったのだ。


「父は天才派遣所で仕事するのは大反対してましたよ?」

「……え?」

「『一生遊んでていいから、仕事はするな』って」

「え、じゃあ……」


 川奈さんが持つ大盾を指差す俺。


「あぁ、これは記念にって事で買ってもらったんです。勿論、父には仕事を受けないなんて言いませんでした。大丈夫です、言質げんちはとられてませんっ!」


 そんなキメ顔で言われても……。

 つまりあれか、川奈パパは川奈さんが天才派遣所で仕事する事を拒んでいるのか。

 確かに、大事な愛娘が、死と直結する世界で仕事するなんて、考えたくはないだろう。


「それじゃあ、張り切っていきましょう!」


 ……これは、とんでもない子と組んでしまったようだ。


 ――【探究】の進捗状況。天恵【騎士】の解析度87%。


 本当に空気読まないな、この天恵。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「見てください、ゴブリンの糞です」

「うぅ……あんまり見たくないですぅ……」


 その通り過ぎて何も言えない。


「ははは……まぁ、これも貴重な情報源ですから」

「そうですけど……そうですけどぉ……」

「これを――」

「――え、触るんですかっ!?」

「ちゃんとビニール手袋を使いますよ。そのための荷物です」

「あ、そういえば入れました」


 事前準備はしっかりしてるのに、どこか抜けてるんだよな、川奈さんって。


「この糞の乾燥具合、温度によって付近にまだいるのかを確認できます。勿論、確実ではありませんけど」

「それで、どうでしょうか……」

「まだ乾き切ってませんし、確実に近くにいるでしょうね。それに、あれを見てください」


 俺が指差した先には、ゴミがあり、そのゴミから零れた液体が踏み荒らされている。


「あ、足跡!」

「これならすぐ見つかりそうですね」


 足跡の続く先、右へ左へ行こうとも、やはりビルの間を縫うように移動している。

 人目を避けている証拠だ。


「ゴブリンは移動時に証拠を残しやすく、比較的追跡しやすいモンスターです」

「はい」

「でも、ゴブリン自身も追跡者の警戒をしない訳ではありません」

「そ、そうなんですかっ?」

「集団で動くゴブリンは、罠を張ったりするので、外はともかく屋内に入る際は注意が必要ですね」

「はい、わかりました……でも……段々建物から離れていってるような」


 そうなんだよな……ゴブリンが危険を冒して見通しの利く場所に出るとは思えない。ここは管理区域じゃないんだから。


「……川?」

「境川ですね……ん?」


 俺の視線に気付いたのか、川奈さんもその視線を追った。

 そして、俺に耳打ちする。


「いました……! ゴブリンです!」


 橋の下に集まっているゴブリンを発見したのだ。

 数は……8体。

 想定範囲内だが、どうもおかしい。

 橋の下とはいえ、何故、こんな見通しのいい場所に?

 この違和感は一体……?


「ど、どうしましょう?」

「えぇ、このままゆっくり気付かれないように接近します。敵対心ヘイトは集められますよね?」

「だ、大丈夫です」


【騎士】にはその特性として、ヘイト稼ぎが出来る。

 ゲーム用語をそのまま天才派遣所が流用したものだが、要は敵対心を煽って自分に攻撃を集中させる能力があるのだ。

 特段、名称はないが、【騎士】の天恵持ちは、それに名称を付ける事で、能力向上を図り、実際そうなるケースも多い。

 能力とモチベーションは少なからず繋がりがあるって事なんだろうが、それを証明する手段はない。


「それじゃあ……川奈さんが正面から、俺は後ろからという事で」

「はい!」


 その日、俺はチームリーダーとして、初めてのチーム戦を経験した。

 しかし、それはチーム戦というには、余りにもいびつな結果だったのかもしれない。

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