第13話 よく知ってる人

「えーっと……どちら様ですか……?」


 微かな希望を抱き、俺はもう一度電話の相手を確かめた。


『相田です、伊達くん……わかってて聞いてるでしょ?』


 微かな希望なんて最初からなかった。

 そうか、よしみっていうのは相田さんの名前だったか。

 まさか、【剣聖】水谷結莉ゆりと相田さんに接点があったとは。

 ……そういえば、俺が病院で意識を失っている間、二人の会話を聞いたかもしれない。

 まぁ、ほとんどうろ覚えだが。


『伊達くん、聞いてる?』

「は、はい……あ、相田さん……まだお仕事じゃ?」

『ついさっき終わったの。それに、天才派遣所の規定で、Sランクの結莉ゆりからの電話はいつでもとっていいことになってるの』


 逃げ道を一本ずつ塞ぐような説明に、俺は言葉に詰まってしまった。


『それで、何で新宿支部に?』

「えーっと……新宿に美味しいラーメン店があると聞いて……」

『一食100円までが伊達家のモットーだとか言ってなかった?』

「ひゃ、100円のラーメン店なんですよ」

『電車賃で500円超えちゃうよね?』

「ゴ、ゴブリンジェネラルの報酬が思ったより多くて……」

『伊達くんが家族に黙ってそういう事するとは思えないんだけど?』

「実は俺って結構悪い人なんですよ」

『伊達くん』

「ひゃいっ!」


 むぅ……やはり相田さんにバレるべきではなかった。

 仕方ない……こうなった以上、正攻法でいくしかない。


「はぁ……実は、八王子支部で哨戒任務を受けました」

『…………そう』


 色々聞きたい事はあるだろうに、それだけで留めてくれるとは。


『哨戒任務については伊達くんの自由だから、私からは何も言えないし、言わない。でも、魔石の換金が目的なら、それこそ八王子支部でも出来たんじゃないの?』


 まぁ、そこは気になるよな。


「えーっと、普段行かない場所なので、相田さんに絶対止められると思って、心配かけさせたくなくて……それで……はい」

『ゴブリンは、伊達くんなら何とかなると思うけど、それでもいつもの伊達くんとは思えない行動だよね。妹さんのために、自分の命が危険に晒されるようなリスクは避けたはず』

「仰るとおりで」

『でも行った』

「はい」

『伊達くんがそう判断したって事でいいの?』

「……そうです」

『ふーん…………わかりました。それじゃあ、もうこの話はここで終わり』

「え?」

『明日からは八王子支部で換金してください。そんな事で新宿行ってたら、妹さんに怒られちゃいますよ』

「え、あ……ありがとうございます」

『別にお礼を言われるような事してないよ。それじゃあ結莉ゆりに代わって』


 そう言われ、俺は水谷にスマホを返した。

 すると、水谷は「換金してきなよ」と言ってスマホを受け取った。

 その後、俺は通話中の水谷を背に魔石の換金を済ませた。

 換金額は23万円。

 受付の人は、ゴブリンの魔石を見慣れているだけに、俺が持ってきた魔石の量を見て訝しんでいた。

 ランクGの天才が持って来られる量とは思えないからな。仕方ない。

 まぁ、明日からは相田さんの視線が痛いだろうが……それは明日の俺に任せよう。


「あ、換金終わった?」


 電話が終わったのか、また水谷は声をかけてきた。


「あ、どうも」

よしみ、こっちに来るって」

「はぁ……。相田さんとは友人なんですか?」

「実はそうなんだよね。よしみは、研修時代に新宿支部にいたんだけど、その時に色々助けてくれてね。それ以来色々持ちつ持たれつって感じなんだ」

「そうでしたか。先日は本当にありがとうございました。それでは俺は――」


 カクンとなった。

 俺の袖口を引っ張る【剣聖】さん。


「え? 何か?」

よしみが来ると言ったじゃないか」

「相田さんが来るのが、俺が帰れない理由になるんですか? ちょっと理由がわからないんですけど」

「お店は確保したから、先に行って待ってよう」

「え、あの、ちょっと!?」


 その日、俺の袖口はびろんと伸びた。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 水谷に引っ張られ、俺は高級感溢れる店にまで来ていた。水谷はここの常連なのか、店員に深々と頭を下げられていた。

 俺は店員に変な目で見られつつも、水谷の連れという事で、何かを言われるという事はなかった。


「あの、俺こんなところでご飯食べた事なくて」

「大丈夫大丈夫、今日は私の奢りだから」


 どうしよう、心が揺れる。

 これから質問攻めにあう未来が見えるが、ここの料理も食べてみたい。

 うんうん唸りながら考えていると、気付けば俺たちは四人掛けの個室に通された。

 水谷は奥に座り、俺はその対面に腰をおろした。


「あの……何で俺はここに連れて来られたんでしょうか?」

「私が話したいと思ったから。元々、よしみとは今日呑む予定だったしね」

「はぁ……」


 俺と話したい?

【剣聖】が俺に興味を持つような事があるというのだろうか。


「ゴブリンジェネラル」

「っ!」

「あのゴブリンジェネラル、玖命きゅうめいクンが倒したんだよね?」

「え、えぇ……偶然奴が転んだので」

「でも、ゴブリンジェネラルには無数の傷があった」


 なるほど……そういう事か。

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