第2話 噂のチーム

 あの後、相田さんは『本当に受けるの?』と何度も確認してきたが、俺の答えは変わらなかった。

 悪い噂がどんなものかはわからないが、謹慎命令を受けただとかそういう処罰があった話は出回っていない。

 という事は――、


「お前が伊達ってやつか?」

「え?」


 振り返るとそこには大柄な男が立っていた。


「お前が伊達かって聞いてんだよ?」


 ガムを噛み、眉間に皺を寄せ、品定めするように威圧する。

 なるほど……これがリーダーの宇戸田か。

 これは注意が必要かもしれない。


「は、はい! 伊達玖命です。今日はよろしくお願いします!」


 俺が挨拶しているにもかかわらず、宇戸田は地面に人間大の荷物を置いた。いや、今のは投げ捨てたようにも見えた。確かやつの天恵は【戦士】。

 戦士は優秀な天恵だ。【上級戦士】、【凶戦士】と段階を経て成長させる事が出来る。

 しかし、戦士の天恵を得る者は、決まって元から性格が粗暴だったりするという論文があったような気がする。

 しかし、この量の荷物を一人で持てだって?

 天才派遣所の規定を明らかに超えた荷物だ。

 どう見ても【腕力】系の天恵が必要な量だろう。


「何やってんだてめぇ! さっさとソレ持って付いて来い!」


 前言撤回。

 今の太い男は【回復術士】の田中豪だな。

 確かあの論文には、回復術士は比較的に大らかで優しい性格だとか書いてあった。論文が間違ってるのか、彼が例外なのか。


「……くっ! ふっ!」


 重い。肩がもげそうなくらい重い。

 一歩ごとに体力が削られるようなこの重さ。

 正直、もう帰りたい。

 ……が、そうも言ってられない。


「くそ……くっ!」


 そんな俺の重い足取りを見向きもしない男が、素知らぬ顔で俺を右側から抜き去って行く。

 あれが弓士の長谷川か。涼しい顔しやがって……。

 そして、俺の左側からニヤニヤしながら抜いて行く女は深田――、


「だっさ~。まだ目的地にも着いてないのにもう汗だくとか、キンモッ」


 洗練された絵画のように芸術的な罵倒だ。

 だが、こんな事、過去いくらでも味わってきた。

 蓄積した今までが、今の俺を支えている。

 なんとも皮肉な話だ。

 それにしてもこいつら、確かに酷い。

 どんなチームでも、依頼を受け、行動するのであれば出発前のチームミーティングが必要だ。


 どこに行き、何を成すのか。

 想定討伐モンスターの詳細説明とチームの立ち回り方などなど。チームリーダーには説明義務があるという事を知らないはずがないのだが……まぁ、あの宇戸田に言っても殴られるのがオチだ。

 事前に相田さんから情報を得ておいて良かった。

 今回の討伐対象はゴブリン。

 緑色の肌をし、小さくて人間のような二足歩行のモンスターだ。

 ゴブリンくらいなら一般人でも頑張れば倒せるが、奴らは群れで行動し、武器や道具を使ってくる。腕力こそ弱いものの、油断すれば一瞬で命を奪っていく。

 今回はそのゴブリンを統括するホブゴブリンもいるそうだ。身体が大きいが故に、当然ゴブリンより強力だ。

 が、ランクFが四人でチームを組めば、倒せない相手ではない。

 今回のチーム、宇戸田と長谷川はランクE。チームバランスもよく、負ける要素はない。

 ただ俺が辛いだけの討伐になりそうだ。

 まぁ、安全ならば、それに越した事はない。

 早く帰って風呂にでも浸かりたいところだ。


「おらぁ! 一哲! そっちは任せたぞ!」

「ふん、楽勝だな」


 態度や性格以外は優秀なチームだ。

 戦士の宇戸田が前衛を引き受け、弓士の長谷川がこぼれたゴブリンを狙い撃つ。


「【ファイアピラー】」


 魔法士の深田が、広がった戦線を押し戻すように炎のトラップを敷く。こうする事で、押し戻されたゴブリンが、宇戸田に向かう。

 というか、あの荷物の中に宇戸田の大盾が入ってたのか。

 あんなもん【腕力】無しに持たせるなよ。


「【ヒール】」


 前衛の些細なかすり傷も見落とさない田中も、優秀な回復術士だ。

 このチームであれば、順当にランクを上げていくだろう。

 勿論、何もなければ、だが。


「はっ! ようやく面ぁ拝めたな!」


 ホブゴブリンの登場か。

 ゴブリンももう数える程度しかいない。

 しかも宇戸田に疲れは見えない。

 良かった、問題なく終わりそうだ。


「バレットシュート!」

「ガァ!?」


 長谷川の強烈な矢がホブゴブリンの膝を射抜く。


「ナイスだ、一哲!」


 体勢を崩したホブゴブリンに、


「はぁああっ!」


 宇戸田の一撃が袈裟懸けに決まる。


「ギィ! ギィッ!」


 逃げ出したゴブリンも、


「ふん!」

「【ファイヤーボール】」


 長谷川と深田の攻撃がゴブリンの背中に決まり、討伐は難なく終了。

 田中なんて、既に魔石の回収に移っている。


 モンスターの頭部には魔石が入っている。

 頭を開き、これを回収する事で討伐依頼以上の収入を得る事が出来る。

 魔石は天才たちの武器や防具、アーティファクトに変換する事が出来、永続的にエネルギーを発する事から日常生活にも利用出来る。原子力に代わる世界のエネルギー源とも言われている。

 高額で取引される事もあり、上位ランクにいる天才たちは、危険の見返りとして最高の暮らしをしているとか。

 まぁ、俺には縁のない話だろう。


「おい、何やってんだよ!」

「え?」

「てめぇも魔石回収しろよ! 何のために高い金払ってると思ってるんだ!?」


 田中は意味不明な事を言ってきた。

 俺は荷物持ちであり、回収要員ではない。

 依頼内容にも明記されていなかった。


「契約内容は確に――」


 その言葉を遮るように、俺の足下にはナイフが刺さった。

 宇戸田が投げてきたのだ。


「っ! ちょっと!」


 こんな危険な真似、本来であれば処罰もの。

 流石に腹が立った俺は、宇戸田に文句を言おうと思った。

 だが、ニヤニヤする奴らの表情を一変させた存在がいたのだ。

 響く轟音。

 瓦礫を粉砕しながら煙と共に現れたのは――、


「ゴ、ゴブリンジェネラルだとっ!?」


 ホブゴブリンが小人に見えるような大きな体躯たいく。全身にゴツゴツの鎧を纏い、手には人間大サイズの巨大な鉈のような大剣。

 奴は――ランクBの大物。

 勝てる訳がない。

 こればかりは皆の意見が一致したのだろう。


「くっ!」


 皆、一目散に逃げだしたのだ。

 荷物? 放置に決まってる。

 戦略的不利な状況下において、この選択は違約金の発生条件には該当しない。

 それがわかっていたからなのか、宇戸田は走りながら地面に置いといた荷物を担ぎ去ったのだ。

 だが、皆戦闘に特化してる天恵なだけあって、俺より速い。回復術士の田中と同じくら――


「――いっ!?」


 直後、俺の頭部に痛みが走った。

 何だ? 何だこれ……石?

 拳大の石が俺の頭部に当たった? 何故?

 霞む視界の中で、宇戸田と田中のニヤつく顔が見えた。

 ははは、やられた。

 奴らは……奴らは俺を、囮に使ったんだ。

 身体が伝える鈍い足音。

 一歩、一歩歩くごとに近付いて来るのがわかる。

 俺の背後には巨大なゴブリンジェネラル。

 薄気味悪い笑みを浮かべ、大剣を振り上げる。


「く、くそっ!」


 逃げ出すも、振り下ろされた大剣の衝撃が、俺の背中を襲う。


「ガッ!?」


 瓦礫と共に吹き飛ばされた俺は、背中に広がる痛みに悶絶していた。

 のしのしと近付く足音。

 ゴブリンらしい残忍な性格だ。あの野郎、俺をいたぶって遊んでやがる。

 くそ……背中が熱い……!


「ぁ……」


 生温かい嫌な感触が背中を伝う。

 どろりと流れた血が、事態の深刻さを理解させた。


「くそ……くそ……!」


 耐えられない痛みじゃない。

 でも、歩く事が出来ない。

 這いつくばってゴブリンジェネラルから距離を取る。

 距離を取っても、奴の一歩は俺の全力を軽く凌駕する。


「くそ……くそくそくそっ!!」


 肺が熱い。呼吸がままならない。世界が歪んで見える。

 背中が痛い。腕が痛い。頭も痛い。

 どれだけ這っても、奴との距離は広がらない。

 嫌だ……こんなところで終わりたくない。

 だが、現実は甘くない。


「はぁはぁはぁ……くっ!? くそぉおおおおっ!」


 壁に追い詰められた俺は、背後に迫るゴブリンジェネラルに振り向いた。

 デカい……俺が見てきたどんなモンスターより大きい。

 ランクGの俺が対峙出来る相手じゃない。


「ギヒィ……」


 ニヤリと笑うゴブリンジェネラルに、俺の身体は恐怖に染まった。

 心臓が胸を叩く。早い。耳に届いてるようだ。

 身体が震える。俺は奴を見上げる事しか出来ない。

 反応を見せなくなった俺に、ゴブリンジェネラルの笑みが止んだ。

 あぁ、俺はこの顔を知ってる。

 奴はおもちゃが動かなくなった事で、飽きたんだ。

 まるで「もういいや」と言いたげな表情に、俺は最後の反抗をした。


「ギ?」


 睨むだけ、身体の動かない俺は、これ以上の反抗は出来なかった。

 だが、それが奴に不快感を与えたのだろう。

 むかついた虫を殺すように、奴は何のためらいもなく大剣を振り上げた。


 ――あぁ、これで終わりか。


 ゴブリンジェネラルの殺意を前に、俺の視界に多くの思い出が浮かび上がった。

 生意気な妹。病死した母親。天才に騙されて借金を負った親父。

 小学生、中学生、高校……そうだ、この時、俺に天恵が与えられたんだ。あの日から三年。

 自分の天恵を憎まない日はなかった。

 何を調べても、自分を追い込んでも、何をやっても……何をやっても俺の天恵は発動を得なかった。


 天才に与えられるたった一つの天恵――俺の【探究】。

 結局、能力はわからず仕舞いか。


 ……それにしてもゴブリンジェネラルの奴、どれだけ俺を苦しめたいんだ? いつになっても大剣が振り下ろされない。

 ……あれ? 何だこの速度。

 まるで……まるで世界がスローモーションになってるこの感じ。

 あぁ、そうか。

 これは走馬灯そうまとう

 死の直前に、これまで見た様々な情景や思い出が一瞬で見えるっていう、あの不思議な現象。

 ははは、ぶっさいくな面だな。

 目なんか血走って、そんなにおもちゃの反抗は気に食わなかったか?

 だったら最後まで見続けてやるよ。

 それが俺のたった一つ。唯一出来る最期の反抗だ。

 そう覚悟を決めた時、俺の前に不可解な現象が起きたのだ。


 ――【探究】を開始します。対象の天恵を得ます。

 ――成功。最高条件につき対象の天恵を取得。

 ――ゴブリンジェネラルの天恵【集中】を取得しました。


 …………は?



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