第一部
第1話 どん底の男
役立たず、無能、出来損ない、ゴミ……大抵の悪口なら聞き飽きた。
世界は何故俺に天恵を与え、天才にしたのか。
天恵持ちは一般企業で働く事は出来ない。
全ての天才を管理し、身の丈に合った仕事を紹介する。それがこの天才派遣所の役目である。
「伊達くん、今日はどうだった?」
いつも優しく声を掛けてくれる相田さんは、俺をとても気に掛けてくれている。
「いえ、特には……」
紹介された寮の掃除をこなし、報告を終え、一日働いたとは思えないような薄給を渡される。
それもそうだ。天才派遣所も無限に金がある訳ではない。
ここの運営は世界からの寄付と義援金、ほんの少しの税によって賄われている。
最低賃金? 一般人の話だ。
労働意欲? この牢獄で?
……それでも家族がいる。
ウチには金が必要だ。
妹の学費も、親父の借金も、今日の食費も。
こんなところで這いつくばってる場合じゃないのに……!
「でも、おかしいよね……伊達くんの天恵【探究】が、未だにどんな能力かわからないなんて」
「は、はは……使い方さえわかれば、もうちょっと違う生き方があったんですけどね……」
そうだ……俺の天恵は未だにどんな能力か判明していない。字面からして補助系の天恵だとは言われているが、その発動も未だ成っていないのが現実だ。
天恵には剣士や拳士、戦士や魔法士といった様々な能力がある。
剣士であれば剣を持った戦いに特化する能力だし、魔法士であれば魔法に特化した能力だ。
こういった戦闘系の天恵は本当に恵まれている。
補助系や回復系も、天恵次第では優遇される。
――天恵は一人に一つ。
これが絶対的なルールであるがために、使い道もわからない俺の天恵は世間からは勿論、天才たちからも興味を示されない。
示してくれるのは――、
「う~ん……天恵の能力全貌を覗ける天恵があればいいんだけど、今のところそういった天才は見つかってないし~……」
この相田さんと……家族くらいだろうか。
「大きな【
天才派遣所の中には天才同士が集う【
天才派遣所もそれを認め、クランでの活動を制限していない。大手クランが国に牙を剥けば、火消しに時間を要する。要は持ちつ持たれつという訳だ。
「そ、それより相田さん」
「ん? どうしたの?」
小首を傾げる相田さんに俺は言った。
「もう少し稼げる仕事はないですか?」
「えっ、でも伊達くん、今仕事が終わったばかりじゃ――」
「――でも俺、お金が必要なんです」
食い気味にそう言うと、相田さんは少し困った表情を浮かべた。
当然だ、俺に振れる仕事なんてたかがしれてる。
来る日も来る日も、俺はそれに耐えてきた。
最初は同情的だった天才が、武具の手入れや荷物運びの仕事を振ってくれた事もあった。
だが、同情で飯は食えない。
そんな事に、国は金を出せないのだ。
遊び道具として、わざわざ俺に購買へのパシリの依頼をした天才もいる。当然、俺はやった。やるしかなかった。
来る日も来る日も、来る日も来る日も……ありとあらゆる雑用を、雀の涙程の賃金でやってきた。
だが、そんな事を評価してくれる人はいない。
天才たちが求めているのは、強い力を持った仲間であり、人々が求めているのは安心と安全だ。
どちらも、俺にはないモノだ。
「うーん……」
やはり、仕事なし……か。
先程の西の寮の掃除も、相田さんが何とか用意してくれた仕事だ。
これ以上、彼女の厚意に胡坐をかいてはいけないだろう。
「実は……一つだけあるんだけど……」
「……ぇ? えっ!?」
カウンター越しに、俺は相田さんに肉薄した。
「本当ですかっ!?」
「ちょ、ちょっと伊達くん……近い……近いから……」
ほんのりと頬が紅潮する相田さんに、俺は更に詰め寄った。
「どんな仕事ですか!? やります! 報酬はっ!?」
「わ、わかった……わかったからぁ……」
相田さんは、興奮する俺の肩をそっと押し、いつもの距離へと戻した。
そしてじっと俺を見て言うのだ。
「伊達くんって、結構強引なところあるよね……」
「あ、えっと……すみません」
「もう、あんまり人前でこういう事されると困るんだけどな……」
目を伏せて言う相田さん。
そういえば、相田さんって天才たちからアプローチされる事が結構あるとか聞いた事がある。
天才にも物怖じしない相田さんの性格は、確かに天才からすれば対等に話せる嬉しい存在なのかもしれない。
一部では「天才こそモンスター」だと
確かに恐ろしい力を持っている天才がいるのは事実だが、その実力者が彼らに何かした訳でもない。
モンスターから守られた土地に居を構えていなければ、おそらく出て来ない発言だろう。
しかし失敗だった。相田さんは若くて美人、
軽率な行動だったか。反省しよう。
「それで……その、仕事というのは?」
「うーん……あるにはあるんだけど……」
どうも歯切れが悪い。
難しい仕事なのだろうか。
いや、相田さんは俺の実力を知っている。
であれば、そんな話自体、俺に言わないだろう。
ならば何故、こんなにも歯切れが悪いのだろう?
「荷物運びの仕事がね……あるんだけど」
「な、何だ、荷物運びなら任せてくださいよ」
どんな難解な仕事かと身構えていれば、荷物運びという比較的簡単な仕事だった。
本来荷物運びは【腕力F】というありふれた天恵があれば、チームの運搬役として重宝される。
当然、大型のクランはこういった役を担う専任の荷運び要員が存在する。
しかし、クランにすらなっていない少数のチームであれば、臨時募集という事で、荷物運びの仕事を天才派遣所に依頼する事もある。
相田さんが俺に仕事を振ってくれようとしたのも、腕力系の天恵を条件に付けていない依頼なのだろう。
経費をケチるために、こういった依頼になるのもわかる。
実際、指定条件無しの荷物運びの仕事を依頼するのは、低ランクの天才たちである事が普通だ。
だが、それにしても気になる。
相田さんのこの表情……何かを警戒しているような?
「実はね……」
そう言いながら、今度は相田さんが俺に顔を近付けたのだ。
「この依頼してる人たち、あんまり良い噂を聞かないの。ランクはEとFの混合チームだから、そこまで危険なところには行かないんだけど――」
なるほど、この耳打ちは心臓に悪い。
相田さんが真面目に話しているのに、俺は話の内容より吐息の方が気になってしまう。
いや、しかしなるほど。
良い噂を聞かないという事は、悪い噂のが出回っているという事。実際どんな噂が……?
それを見透かすかのように、相田さんは困ったような表情を浮かべた。
そりゃそうか。彼女は天才派遣所の受付。
噂程度の情報を、俺に伝える訳にはいかない。
「そ、それじゃ……どういった依頼内容か教えてもらえますか?」
ここまでくると、相田さんも諦めたのか、パソコンを操作し、情報画面を俺に見せてくれた。
「
「天恵自体登録されたのが近々だからね」
という事は後発組か、知らない訳だ。
「実力も高いから上からの評価も高いんだけど」
「確かに、実績が少ないですね。それに、
「ふふ、流石によく調べてるね」
――【天恵の成長】。
天恵は一人に一つ。それは絶対不変のルールだが、天恵は成長する事が出来るのだ。
【剣士】の天恵が【剣豪】に、【剣豪】の天恵が【剣聖】に。確か、大手クランに【剣聖】の天恵まで成長させた傑人がいるとか聞いた事がある。あの人は確か――ランクSだっただろうか。
天才ランクがEを超えたあたりを目安に、最下位の天恵が一つ上がると言われている。
チームリーダーの宇戸田と弓士の長谷川は、まだ天恵が成長していない。それだけで戦闘実績が浅いと判断されてしまうのが現状だ。
「とは言っても、俺なんて実績0ですけどね」
そう肩を
「何言ってるの。伊達くんの知識はベテラン顔負けだよ?」
「……へ?」
「天恵の種類、成長深度、モンスターへの対処と立ち回り。先人の論文を読み、ほとんどの最下位天恵の講義をほぼ履修してるって噂を、私が知らないと思ってるの?」
この人、俺の噂の事はずばずば言うんだ。
だけど、それならこの噂も知ってるはずだ。
「……俺に足りないのはそれに付いていくだけの身体がない事……ですよね」
そう言うと、相田さんは言葉に詰まってしまったようだった。気を悪くしただろうか。だとしたら申し訳ない事をしたかもしれない。
でも、俺がどんなに勉強しても、俺の実力は変わらない。それが現実だ。他の天才たちが俺を蔑んだり哀れむのは当然と言える。
だが、俺はやるしかない。
俺にはやるしか道がないんだ。
「依頼受けます。やらせてください!」
どんなにどん底を歩こうとも、俺にはこの道しか……!
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