第110話 探り

「颯はぐっすり寝てるから。静かにしろよ」


「うん」


「オッケーだし」


 ヒソヒソと端的な会話を交わした後、遥希達3人は真っ暗な颯の部屋に侵入する。物音を立てないために、最後に侵入した愛海が静かに颯の部屋のドアを閉める。慎重に閉めたため、ほんの僅かの物音しか立たなかった。


「颯は…。ぐっすり寝ているみたいだな」


 足音が響かないようにすり足で歩行しながら、遥希はベッドで熟睡する颯を視界に収める。


 遥希の言う通り颯は小刻みに寝息を立てる。現時点では遥希達に気づいた様子は無い。


「うぅ~。小刻みに寝息を立てる颯太君かわいい~~。すぐにでもベッドにダイブしたい」


「おい瑞貴。静かにしろ。颯が起きてしまうぞ」


 遥希が自身の願望を口にする瑞貴を非常に小さな声で注意する。


「はっ。ごめん」

 

 遥希からの小さな注意を受け、瑞貴は慌てて口元を両手で塞ぐ。


「瑞貴と愛海、気を付けろよ。足音や物音を立てて颯が起きたら終わりだからな。もう少し緊張感を持ってくれ」


 遥希の注意喚起を理解したのか。瑞貴と愛海は無言で首を縦に振る。


 遥希を先頭に3人はすり足を継続しながら進む。そのまま颯との距離は縮まる。


「有った。勉強机の上にスマホが有ったぞ」


 遥希はスマホの場所を瑞貴と愛海に共有する。勉強机は颯が熟睡するベッドの真近くに設置される。


「すぐ近くに颯が寝てるから。慎重にしないといけないな」


 瑞貴達とアイコンタクトを取り、遥希は勉強机からスマホを手に取る。


「うぅ~~ん」


 遥希がスマホを手にした直後、颯が寝返りを打つ。ゴソゴソと颯の身体と布団が擦れる音が部屋内に響く。


 数秒ほど経過するが、颯が起きて来る気配は無かった。それまでの時間、遥希達は颯の動きを見届ける。


「ひやっとしたな」


「うん。起きてきたら終わりだったね」


「うち達が深夜に天音っちの部屋に侵入する理由はないし」


 遥希達3人は安堵したように胸を撫で下ろす。3人とも少なからず顔に汗を搔いていた。


「この部屋に留まっていたら危険そうだな。早く退出するぞ」


 遥希の言葉を合図に、彼女を先頭に3人は侵入と同様にすり足で出口のドアまで向かう。


 時折り後方を振り返り、3人は颯の動きを確認しながら出口まで到着する。そして、最後に颯の部屋を退出した遥希が侵入の時と同様にゆっくりと静かにドアを閉める。


「ふぅぅ~~。ようやく解放された気分だな」

 

 颯の部屋の近所の階段に面するフロアで、遥希は安堵した顔を浮かべる。


「うちも凄い疲れたかも」


「緊張感で凄い精神的に負担が有ったし」


 瑞貴と愛海も同意する。


「これで1つの目的は達成したわけだ」


「颯君のスマホの中身を確認して最近の変化の原因を探るんだよね」


「ああ。だが、原因が見つかる可能性は分からない。認めたくはないが、もしかしたら颯自身が本当に変わってしまったかも可能性も無きなしも非ずだからな」


 遥希が真剣な表情を作る。


「うぅ。その事実は本当で有って欲しくない。颯君は絶対にそんな人じゃないと信じているから」


「うんうん」


 瑞貴の主張に強く同意するように何度も首を縦に振り続ける愛海。


「私も2人と同じだ。そのためにまず颯のスマホを確認する」


 遥希は自身の手に持つ颯のスマホの画面を2人に見えるような位置に移動させる。


 スマホの電源を入れ、端末の丸いボタンを押す。スマホの画面にロックを解除するためのパスワード入力指示が表示される。


「くそ。やはりロックが掛かってるか」


 遥希は苛立つように舌打ちをする。


「貸して。うちが知ってるから」


「なに。本当か」


 瑞貴は遥希から颯のスマホを受け取る。


「ここ最近でパスワードを変更してなければ…」


 瑞貴は独り言を呟きながら颯のスマホのパスワードを手で入力する。


 8桁の数字のパスワードを打ち込み、1発で颯のスマホのロックが解除される。


「すごいな」


「みずっち、やばすぎ」


 遥希と愛海は驚嘆の声を漏らす。


「万が一のために颯君のスマホを覗き込んでパスワードを覚えてた甲斐があったよ」


 瑞貴は得意げに胸を張る。その体勢により豊満な胸がより強調される。


「決して褒められる行いでは無いがな。なんにせよ瑞貴のおかげで難関は突破できた。まずミインからのチェックだ」


 遥希は颯太のスマートフォンを操作し、SNSメッセージアプリのミインのアイコンを発見する。


「ミインのチェックが1番原因を探りやすい手段だもんね」


 瑞貴も遥希の考えと同じようだ。


「これから颯のミインを開くぞ。2人共こころの準備はいいか? 」


 瑞貴と愛海を試すように、遥希は真剣なトーンで尋ねる。


「うん。覚悟は決めたよ」


「いつでもオッケーだし」


 瑞貴と愛海は顔を合わせた後、了承の返答をする。


「よし。じゃあ開くぞ」


 遥希はミインのアイコンをタップする。アイコンのマークがスマホの画面にアップされる。


 3人は無言を貫く。固唾を呑んでスマホの画面を見つめ続ける。


 数秒間ほど同じ画面がキープされ、ミインのトーク画面に移行した。


「どうして颯がこいつとメッセージを送り合っているんだ」


 トーク画面の内容を認識し、遥希達3人は驚きのあまり両目を大きく見開いた。


 そのまま固まらずに、遥希はある人物のトークルームをタップして開いた。

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