第109話 葛藤
「くそ! どうすればいいんだ」
帰路の校舎を抜け、颯は怒りをぶつけるように地面に転がる小石を蹴り上げる。
小石が宙を舞い落下した後、前方に勢い良く転がる。
どうすればいいか分からなかった。
弱みさえ握られなければ石井の命令など聞く必要がない。例え暴力での勝負になっても颯は負ける気など更々なかった。
しかし、現時点ではそうではない。
颯は石井に遥希達と同棲しているという秘密を握られている。
この同棲していることが校内に拡散されれば、少なからず遥希達に迷惑が掛かってしまう。だから、颯は仕方なく石井の指示に従っていた。
確かに現時点でも迷惑を掛けているかもしれない。その点は少なからず颯にも自覚がある。
しかし、同棲の情報が石井によって拡散され、遥希達に良からぬ疑いや噂が立つ方が大事だと思った。
2つを天秤に掛けた結果、颯は石井の命令を従うことを選んだ。例え遥希達に嫌われたとしても。それは仕方ないと覚悟を決めていた。
しかし、少なからず遥希達を傷つけることには抵抗があった。特に先ほどの瑞貴への行動はかなり精神的に負担が大きかった。瑞貴の表情を目にして、彼女を傷つけてしまったことが容易に分かったからだ。
「仕方ないな。これも俺が選択した道だ。どうなるか分からないけど。最後までやるしかない」
自身を鼓舞するように呟きながらも、颯は暗いオーラを発する。
哀愁を漂わせながらも、颯は通知の届いたスマートフォンを確認した。
『ご苦労だった。今日は以上だ。また明日も頼むぞ。明日はもっと命令を増やしていくからな』
その内容は石井からの労いのメッセージであった。
「はぁぁ〜。全く嬉しくない」
大きなため息を吐き、颯は自宅に直帰するのだった。
颯が校舎を退出してから数10分後。
遥希達3人も同じ帰路を進む。
「うぅ。うち、絶対に颯太君に嫌われたよね。絶対そうだよね。…もう終わりだよ」
3人で並んで校舎沿いを歩く中、瑞貴は一見して分かるほど暗いテンションで泣きそうな顔を浮かべる。絶望という言葉がよく似合う。
「みずっち。そんなに落ち込まなくても大丈夫だし。天音っちも調子が悪かっただけじゃなかったのかなし」
愛海が気を遣って、瑞貴の背中を摩りながら慰めるように努める。
「そんなこと信じられない。だって。だって! 颯君いやそうな顔してたもん。うち、のの目でしっかり見たもん!! 前まであんな顔絶対にうちの前でしなかったのに!! 」
涙を流しそうに目を潤ませながら、瑞貴は事実を交えて捲し立てる。
「あぁ〜。これはダメそうだし。なに言っても効果が無さそう」
瑞貴の反応と調子を目の当たりにし、愛海から諦めムードが漂う。
「うち、どうすればいいんだろ。颯君に抱き付けないなんて。辛すぎる。嫌われたら終わりだよ」
瑞貴を囲んでいた負のオーラが先ほど以上に濃さが増す。ズーーンという音が出てきそうだ。
「はるっち、どうする? みずっちこのままだと消えちゃいそうなぐらい落ち込んでるよ」
自身では解決できないと観念し、愛海は遥希に助けを求める。
「う〜ん。難しそうだな。私達が慰めても聞き耳を持って来れなさそうだな」
「やっぱり天音っちの力が必要? 」
「ああ。そうだろうな。颯の存在は瑞貴にとって非常に大きい感じがするからな」
「そうか。やっぱり無理か」
愛海は失望した表情を見せる。些か遥希に期待してたかもしれない。
「そうだな。現時点ではな」
遥希は重々しく言葉を紡ぐ。
「現時点では。なんか引っかかるし」
愛海は眉をひそめる。
「このままではダメだからな。今日探りを入れるぞ」
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