第106話 握られる

 長い長い夏休みを経て、聖堂高校の2学期が始まる。


 全校生徒が生ぬるい空気が漂う体育館に集まる。


 その1人に颯も含まれる。


 今年の颯の夏休みは前年に非常に充実していた。プール、海、夏祭り、キャンプなどに行った。もちろん同棲中の遥希、瑞貴、愛海と共に遊んだ。非常に有意義な夏休みを過ごした。


 毎学期恒例の始業式を終える。


 校長先生の長話や体育館の床に長時間も座り続ける退屈な時間から全生徒がようやく解放される。


 遥希達とはクラスが異なるため、颯は1人で教室に向けて体育館の出口を抜ける。颯と同様に、多くの生徒達がゾロゾロ出口付近に密集する。


 クラスの教室が位置する校舎に入り、颯は階段を登る。


「よぉ。天音」


 目的のフロアに到着する手前で、1人の男子生徒が腕を組みながら階段に寄り掛かる。


 その男子生徒は石井であった。どうやら待ち伏せしていたようだ。


「…なに? 」


 階段を登り切り、淡白に返事をする颯。石井とは出来るだけ顔を合わせたくない。正直な本音だ。無意識にも悲しい過去を思い出してしまうから。


「同棲は楽しかったか? 夏休みの間に満喫できたか? 」


 何処か余裕のある笑みを浮かべる石井。裏のある表情にも見えた。


「知ってたんだ。あのとき俺の家の前で遭遇した際に気づいた感じか」


「まぁ。そんな感じだ。いきなりだが、お前には今日から俺の言うことを聞く都合の良い奴になってもらう。これは強制だ」


「なんでかな? そんなの受け入れる理由がない。それに俺にとって損しかないしね」


「おいおい。そんな大きな態度を取ってもいいのか? お前にとって損ばかりではないと思うがな」


「何が言いたいの? 」


「遥希達と同棲している事実を学校内で拡散されても良いんだな? 色々と面倒なことに陥りそうだがな。なんせ学校でも指折りの美少女達と同棲してるんだからな。しかも高校生同士で。俺個人としては色々と問題だと思うのだが」


「っ」


(…確かに。言う通りだ。それに多くの生徒達に同棲の話が知れ渡れば)


 想像するだけでゾッとする。遥希、瑞貴、愛海に面倒事が降り掛かるのは容易に想像できた。


(3人には大分お世話になってる。そんな3人に迷惑を掛けたくないし、辛い思いもさせたくない。それなら俺が色々と我慢すれば……)


「早く回答が欲しいんだけどな。こっちは待ってやってるんだからな? 」


 颯より立場が上になっただろうか。高圧的な態度で決断を催促する石井。楽しそうに醜い汚い笑みも作る。颯の心を弄んで楽しんでいる。


「…分かったよ。君の要求を飲むよ」


 遥希達のことを思い、颯は石井の理不尽な要求を受け入れた。そうせざるを得なかった。


「ははっ。ようやく決断したか。まぁ、お前には選択肢は1つしか無かったがな」


 階段から背中を放し、石井は颯と距離を詰める。拳1個分まで接近する。


「早速だが命令だ。お前は最初に遥希達に嫌われるように努力しろ」

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