第104話 遭遇

「うぅぅ~~ん」


 深い眠りから徐々に意識が覚醒し始める颯。後頭部には柔らかく安心感を覚える感触が存在する。


「お目覚めか。まだ眠たかったか寝ていても良いぞ」


 聞き覚えのある異性の声が意識のぼんやりとした颯の耳にゆっくり届く。その声によって颯の意識の覚醒が一段と加速する。閉じた両方の瞼が開き始め、徐々に曇った視界がはっきりとし始める。颯の目の前には何故か嬉しそうな遥希の顔が映る。


「熟睡だったな。そんなに私の膝まくらの居心地が良かったのか? 」


 珍しく意地悪な笑みを浮かべながら、颯を上から見下げた状態で揶揄うように聞く遥希。


「も、もしかして。あのまま俺が寝ちゃった感じ? 」


 遥希の顔と言葉を認知し、高速で目が醒める颯。先ほどのような強い眠気は一気に飛んでしまった。


「そうだな。気持ち良さそうだったな」


「ご、ごめん。太ももに負担が掛からなかった? 俺の頭、重たくなかった? 」


 遥希の負担を考え、すぐに太ももから離れようと試みる。急いで上体を浮かせる。


「ダメだ。もう少し私の膝まくらで休めばいい」


 颯の動きを敏感に察知し、浮きかけた彼の頭を再び自身の太ももにバックする遥希。強引では無く、軽く押さえつける形で元の状態に戻す。


 再び男をダメにする遥希の太ももの柔らかくスベスベした肌触りが颯の後頭部に伝わる。颯の後頭部と触れ合うことで、遥希の太ももが上下に軽く揺れる。


「本当に大丈夫なの? 無理してない? 」


 膝まくらを利用したまま遥希の顔を見上げた状態で、颯は心配そうに尋ねる。


「ああ。全然問題ない。颯が満足してリラックスしてくれるなら全く苦ではない。むしろご褒美だ」


「嘘ついてない? 」


「ああ。嘘など皆無だ」


「そうなんだ。じゃ、じゃあもう少しだけ膝まくらを」


 再びしばらくの間、颯は遥希の膝まくらを堪能しようと試みる。


「ちょっと颯君~~。いつまで同じ場所で寛ぐつもり~~」


 颯と遥希の掛け合いを邪魔するように、強引に颯の視界に割って入る瑞貴。遥希の後ろから姿を現した瑞貴の表情は満面の笑みであった。しかし、目の奥は1ミリも笑っていない。まるで能面のようだ。


 「ごめん。そろそろ起きるよ。もう十分お世話になったから」


 瑞貴からの圧に敗北し、颯は高速で上体を起こし、遥希の膝まくらから退散する。


「あ…。ちょ…」


 あまりの颯の素早い行動に反応が遅れ、自身の膝まくらから颯を逃してしまう遥希。


 一方、颯はソファからリビングの床に足を着地し、寝転がった状態から立ち上がる。


「さ~って。颯君には色々と教えて貰わないと。特に遥希ちゃんの膝まくらの感想について詳しく」


 未だに目の奥底が笑っていない笑みを浮かべる瑞貴。その表情のまま立ち上がって間もない颯に接近する。


「ご、ごめん。後でね。ちょっとコンビニでジュースでも買ってくる」


 瑞貴によって問い詰めを受ける未来を容易に予測した颯は、適当な理由を作ってリビングから逃げるように玄関に向かう。


「あ、颯君!! 勝手に動かないで!!! まだ話は終わってないんだから!!! 」


 リビングから退出する颯の制止を試みる瑞貴。


 しかし、颯は瑞貴の言葉を無視し、駆け足で玄関まで移動する。そして、流れるように靴を履き、自宅を後にする。


「ふぅぅ。何とか危険は回避できたな」


 自宅から外出し、大きな息を吐きながら安堵感を抱く颯。


「ここでゆっくり滞在しては駄目だな。早くコンビニに向かわないと」


 急いで瑞貴が追い掛けて来る未来を想定し、颯は駆け足で出来るだけ自宅から距離を取ろうとする。


 ドンッ。


 瑞貴が出て来ないかを確認するために、自宅のドアを注視したまま家の敷地を抜けてしまった。そのため、颯の自宅前の通過途中だった他者と身体が衝突してしまう。


颯のフィジカルが勝り、ぶつかった他者のみが吹き飛ぶように地面に身体を打ち付けた。


「あ、ご、ごめんなさい!! え…。き、君は——」


 地面に転がる人物の顔を認識し、颯の表情が強く固まる。


「いてぇな~!! って、お前は!? 」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る