第93話 勘違い
「ええっとね。この人はね…」
居心地が悪そうに、颯太は瑞貴から視線を逸らす。瑞貴の剣幕に押されてる形だ。
「お願いだから。はぁはぁ…。嘘はつかないでね。全てを受け入れる覚悟は決めてるから」
未だに呼吸を荒らしながらも、真剣な目で颯だけを見つめる瑞貴。真実を知りたい気持ちが多大に伝わる。
「颯ちゃん。この子どうやら勘違いしているみたいだから。誤解を解いてあげないと」
「誤解? どういうこと? 」
母親の言葉の意味が理解できず、颯は反射的に聞き返す。
「あらら。やっぱり完全に察してない感じだ。重症だわ。これは相手さんも苦労するわね」
呆れた口調で呟いた後、心配そうな目を瑞貴に向ける母親。労いの意図が含まれる。
母親からの視線を受け、瑞貴は不機嫌そうな怪訝そうな様子で目を細める。
「颯ちゃん。そろそろ教えてあげて。真実をね」
「う、うん。わかった」
お前のせいで面倒な展開に成ったのだと、内心で文句を口にしながらも、颯は真実を話す準備を整える。
「えっとね。瑞貴ちゃん。この人はね、俺のお母さんなんだよ」
真剣な表情で自身だけを見つめる瑞貴に、颯は頬を掻きながら伝える。
「え…。お…お母さん…?」
颯の口から紡がれた言葉を耳にし、瑞貴の顔がフリーズする。しばらくした後、瑞貴は颯から母親へと視線をズイッと移す。瑞貴と母親の目が合う。
「は~~い。颯ちゃんの母親で~す。ごめんね紹介が遅れて」
楽しそうな口調で、母親は瑞貴に向けてヒラヒラと手を振る。この状況を完全に楽しんでいる形だ。
「お母さん。お母さんか!! そっか~~。よかった~~」
普段のおっとりした口調は変わらずも、瑞貴の声のボリュームは明らかに通常時よりも大きくなる。安堵感が瑞貴全体に漂う。その証拠に緊張感から解放されたかのように大きな息を吐いていた。
「そんなに安心することかな? やけに真剣だったけど」
先ほどからの瑞貴の反応を目にし、颯は不思議そうに首を傾げる。颯にとって瑞貴の言動が理解不能だった。
「にぶちんな颯君には分からないよ。…絶対に」
不満そうにプイッと颯から視線を外す瑞貴。不機嫌さは隠し切れない。
「え、にぶちん? 俺が? 」
自身の顔を指差し、颯は聞き返す。
「大変ね。これは苦労するわね。瑞貴ちゃんだっけ? こんな場所で佇んでないで、家に上がって。せっかく来たんだからリビングで寛いで頂戴! 」
瑞貴を手招きして、自宅に勧誘する母親。
「は、はい!! ではお言葉に甘えて。え~っと。お母様」
「お母様なんて!! やだ!!聞いた颯ちゃん!! こんな日が来るなんて。やだね~もう~~。今日は美味しい物でもたくさん作っちゃおうかしら」
これでもかと嬉しそうに表情を緩ませながら、母親はリビングへと戻る。
瑞貴は母親を追い掛けるように玄関で靴を脱ぐ。そのまま颯の横を通過した。
「本当に安心した。颯君に女が出来たと思ったんだから」
その際、颯に聞こえる小さな声で伝言を残した。
「ちょ、どういうこと? そんなわけないじゃん」
瑞貴からの言葉を認識し、颯は慌てた様子で母親と瑞貴を追い掛けた。
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