第94話 写真撮影

「そう。瑞貴ちゃんは颯ちゃんと同じ学年なのね。去年までは接点が無かったのにも関わらず、今年になって急に距離が縮まったのね」


「そうなんです。お母さま」


(どうしてこうなった? )


 目の前で楽しそうに談笑する瑞貴と母親の姿を視界に入れながら、颯は自身に対して問う。


 なぜか夏にも関わらず、食卓には鍋が有る。しかも寄せ鍋だ。鍋を颯、瑞貴、母親で囲む形だ。


 瑞貴と母親は鍋の具材に食べながら、楽しそうにコミュニケーションを取る。


 一方、颯は目の前に拡がる現実に未だに思考が追いつかずに、会話に入れない。自身の母親と学年でも指折りの美少女が一緒の空間に居ることが信じられない。こんな展開を誰が予想できただろうか。


「どうしたの颯君。食べないの? お母さまの鍋すごく美味しいよ。それにタラや牛肉も入っていて具材もとても豪華だし! 」


 未だに鍋に手を付けずに沈黙する颯を気に掛ける瑞貴。もしかしたら心配になったのかもしれない。


「あらあら。瑞貴ちゃんはあ褒め上手ね!! 遠慮せずに食べてね! 褒めて沢山食べてくれるだけで嬉しいんだからね? 」


「はい! お母さま。では、お言葉に甘えて」


 普段のおっとりな口調が少し抜け、幾分かハキハキした返事をする瑞貴。瑞貴なりに言動を意識しているのだろうか。鍋の中のタラや野菜をお玉でで掬い、自身の取り皿にキープする。


(うん。何回見ても目の前の現実を受け入れられない。それとお母さまって呼ぶの辞めてくれないかな。瑞貴ちゃん。何か変な感覚だから)


「あ、そうそう。颯君とお母さまにお願いがあるんですが。大丈夫ですか? 」


 颯と母親に交互に視線を移した後、瑞貴は食事中に使っていた箸を取り皿に置く。


「お母さんは構わないけど。颯ちゃんはどう? 」


「俺も問題ないけど」


 母親から拒否するなよオーラを受けながらも、素早くオッケーの返事を伝える颯。


「よかった。それでは、お願いなんですけど。うちと一緒に写真を撮ってくれませんか? スリーショットでです」


 瑞貴はポケットに仕舞っていたスマートフォンを見せびらかすように取り出す。見た限り最新の機種だろう。


「スリーショットだって!! 何年振りかしら。颯ちゃんも早く準備して!! 」


 テンション上げ上げの母親の催促に従い、自然と席から立ち上がってしまう颯。


「え~っとですね。うちが立つから颯君とお母さまは座ったままで居てください。鍋が映る様に写真を撮りたいので」


 そう言って、瑞貴は座っていた席から立ち上がる。そして、食卓の前まで足を運ぶ。


「…分かった。お母さんも座ったままで良いってさ」


 瑞貴の指示に従い、颯は再びイスに腰掛ける。母親も座った状態をキープする。


「それでは準備は良いですか? 」


 女子高生がお馴染みの片手でスマートフォンを持ったままアングルを調整する方法を選択する瑞貴。


「は~い」


「う、うん」


 瑞貴の呼び掛けにテンションの差は有れど颯も母親もしっかり答える。


「行きますよ~~。はいチーズ!! 」


 パシャッ。


 スマートフォンのシャッター音が室内に軽く響く。


 瑞貴と母親は慣れているのか。それとも身体が反射的に動くのかは定かではないが、大きな目の辺りでピースを決めていた。


 颯はどのポーズをすれば分からなかったため、何もポーズを決めなかった。


 撮れた写真をスマートフォンのカメラロールを開いて確認する瑞貴。


「うん!! オッケー!! 颯君、お母さま。ありがとうございました」


 感謝の意志を伝えるように2人に対して軽く頭を下げる瑞貴。


「そんなの気にしなくて良いわよ。ねぇ、颯ちゃん? 大したことじゃないわよね? 」


 母親が颯に同意を求める。


「ああ。それはそうだが」


(それにしても。何でこのタイミングで写真なんだ。しかもスリーショットって。特にメリットは無いと思うが)


 瑞貴の不可解な行動に密かに疑問を抱く颯。


「ふんふん♪」


 なぜか嬉しそうに鼻歌を奏でながら、瑞貴はスマートフォンを操作し始める。


 ピ~ンポ~ン!!


 しばらくすると颯のスマートフォンに1つの通知が届いた。


瑞貴『颯君とお母さまと夕食 Now」


 そのようなミインの通知が届いていた。


 そのほぼ同時に1つの画像がグループに姿を現す。そのグループには遥希も愛海も参加している。


 もちろん。その画像は先ほど3人で撮った写真。


 そのグループの画像に即座に残りの2人の既読が付く。


 その後の展開はご想像にお任せする。


 ただ速攻でラインと電話が掛かって来たことは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る