第87話 強い要望
先日、颯と瑞貴は共にインターネットを介して短期のティッシュ配りの求人を探した。
幸運にも次の日に参加可能なティッシュ配りの求人が存在した。求人数も多かった。すぐにエントリーし、本日の予定が確定していた。もちろん遥希と愛海の分もエントリーした。
「うぅぅ~ん」
眠たそうな声を漏らしながら、瑞貴は優しく両目を擦る。
「颯君? おはよう。早いね」
颯の身体から決して距離を置かず、密着したままピトッと肩に自身の顔を置く瑞貴。朝から積極的な姿勢は健在だ。
「…うん。おはよう中谷さん」
明らかに充血した目で普段よりもテンション低く返答する颯。明らかに寝不足が垣間見える。
「もう~~。中谷さんって呼ぶのはいい加減に他所他所しいよ~~。一緒に寝た中なんだから。そろそろ瑞貴って呼んで!! 前にも言ったよね。名前で呼んでって」
まだ完全に目が醒めていないのだろう。寝ぼけた形で子供のように不満げにポカポカと颯の腕を軽く叩く瑞貴。
咄嗟の出来事に戸惑いを隠せない颯。
「た、確かに覚えはあるけど。そんないきなり呼べないよ。中谷さんを名前呼びなんて」
「あ~~。また名字で呼んだ~~。うちは悲しいよ~~。ぴえん」
寝ぼけて普段は絶対に使用しない言葉を口にする瑞貴。まるで幼少期に戻ったような態度だ。珍しく颯からもプイッと視線を逸らす。
「そ、そんなに不貞腐れないでよ。名前呼びは俺にとって難易度が高いんだよ」
瑞貴の機嫌を取るように、柔らかい口調で理由を説明する颯。
「そんなの知らないよ~!! どうせ颯君にとって、うちはその程度の存在なんでしょ! うちは颯君のこと何度も名前で呼んでるのに。私の気持ちに応えてくれない……」
明らかに沈んだオーラを醸し出す。分かりやすい。
「…。瑞貴…ちゃん」
「え…」
「聞こえなかった? 2回も言わせないでよ!! 瑞貴ちゃん!!! 」
両目を硬く瞑り顔を真っ赤にしながら、颯は再び瑞貴を名前で呼ぶ。
「名前で呼んでくれた…。颯君がとうとう…」
予想外の展開に何度も瞬きを繰り返す瑞貴。信じられないといった表情だ。
「もう今後は名字呼びはしないよね? 中谷さんって他人行儀っぽく呼ばないよね? 」
圧を掛けるように、確かめるように颯に顔を接近させる瑞貴。颯の目と鼻の先に瑞貴の顔が存在する。
「う、うん。呼ばないようにするよ」
接近する瑞貴の顔から逃げるように、颯は明らかに視線を逸らす。
「本当だね? 言質取ったからね。嘘は吐かないでよ。信じてるから」
真剣な表情でそれだけ残すと、恥ずかしそうに素早く颯の顔から距離を作る瑞貴。その間、顔は赤く染まっていた。
「そうしたら今回のように不貞腐れない? 」
「うん。それは約束する。うち嘘は嫌いだから。約束を破るのも嫌い。あいつみたいにね」
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