第86話 爆睡

「どうしてこうなった? 」


 時刻は22時。普段から睡眠を取るベッドで寝転がり、天井の一点を見つめながら颯は自身の心に問う。


「むにゃむにゃ。…颯君。…大好き」


 飼い主をこよなく愛する猫みたいに颯の腕に抱きついたまま、幸せそうに寝言を呟く瑞貴。


 颯から離れる気は微塵も見えない瑞貴。睡眠中ながらも強い意志を感じさせる。


 颯がベッドに押し倒されてから、ずっとこの状態だ。あれから1ミリたりとも瑞貴は颯から距離を置いていない。颯に抱きついたまま、嬉しそうに何度も話し掛けたり、スキンシップを繰り返していた。


 数時間か経過し、安心しきったのか。颯に完全に身を委ねて、瑞貴は深い眠りに就いてしまった。そのまま現在に至る。


 何時間もの間、瑞貴に纏わり付く香りや温もりが颯を優しく包み込む。


 それらが颯の心をいとも簡単に乱す。


「明日がアルバイトの日か…」


 瑞貴に身体をホールドされたまま天井を見つめ、ポツリと呟く。


 明日からお金を稼ぐためのアルバイトが始まる。美少女3人に囲まれてのアルバイト生活だ。第3者から見れば羨ましい光景かもしれない。しかし、そんな光景を颯は想像できないでいた。


「うぅん~~颯君。…大好きだよ。狂ってしまう位に」


 子供っぽい寝言を口にしながら、瑞貴は颯により密着する。より胸が押し付けられ、さらなる瑞貴の温もりを感じる。


「こんなん寝れる訳ないよな。寝言も少し怖いし。それにしても…明日のアルバイト大丈夫かな。体力持つかな」


 誰からの返事も無く、颯はボソリッと天井に話し掛ける。当然、天井からも返答は無い。


 一方、瑞貴は言うと颯とは対照的に、これでもかと気持ち良さそうに爆睡していた。


 颯の心境など露知らずと言ったように。

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