第67話 裏切り

 石井に別れを切り出した後、藤田と聖羅は屋上を訪れる。藤田の提案で屋上に2人は向かった。


「どうしたの? 急に屋上に行くなんか言い出して」


 藤田の腕に抱きついたまま、聖羅は不思議そうに首を傾げる。


「ふふっ。ちょっと用事があってね。おっと。ごめんね」


 不気味な笑い声を漏らしながら、藤田は聖羅の腕からスルッと抜ける。そして、幾らか距離を取る。


「? 用事って何? 気になるんだけど」


 距離を取られたことに不満を感じたのか。眉をひそめ、聖羅は藤田に疑問を投げる。


「あぁ。ごめんごめん。不安にさせたね。でも大丈夫。すぐ終わる用事だから」


 聖羅を安心させるように普段よりも優しく明るい口調で語る藤田。まだ謎の笑みは消えない。


「そう。ならよかった…」


 藤田の声と言葉を聞き、聖羅は心の底から安心したように大きく息を吐く。思った以上に心配性なのかもしれない。


「聖羅ちゃんのためにも早く用事を済ませるよ。ふふっ。いきなりだけど、僕達もう別れない? 」


 緊張感の全く無い様子で、藤田は別れを切り出す。


「え…。何言ってるの? 」


 藤田の言葉が衝撃的すぎたのだろう。パチパチと何度も瞬きした後、聖羅はもう1度確かめる形で聞く。


「聞こえなかった? じゃあもう1回ゆっくり言うね。僕達もう別れない? 」


 聖羅が聞き漏らさないように、藤田はわざとゆっくり喋る。それこそ小さい子供に話し掛ける形で。


「ふ、ふざけないで!! あたし達付き合いだして1週間も経ってないんだよ!! それに。あたしが藤田君と付き合うために、石井君と別れたんだよ? 大きな犠牲を出して後戻り出来ないのに、別れる訳ないじゃん!!! 」


 多くの唾を口内から飛ばしながら理由を並べ、聖羅はこれでもかと捲し立てる。口調から藤田に対する怒りも感じる。


「そうかもしれないね。で? それがどうしたの? 」


 聖羅の責めに全く圧倒されず、藤田は不思議そうに問う。


「で。って。あなたふざけてるの? 」


「何もふざけてないさ。それに、僕は提案をしただけだよ。その提案を受け入れて、決断して行動したのは聖羅ちゃんでしょ? その結果、石井君と別れたんでしょ? 」


「そ、それは…」


 藤田の筋が通った言い分に、聖羅は反論できない。


「だったら、僕も決断させてもらうよ。と別れることをね」


 自分は正しいことをしている。そう思わせる口調で、藤田は自身の行動を正当化する。申し訳なさや悪びれた感じは一切無い。


「イカれてる…」


 信じられない物を見る目で、聖羅は藤田を見つめる。


「そうかもしれないね。何回も言われた経験があるよ。言われる度に自尊心が高まるよ。僕が目的を達成した証拠だから」


 聖羅から受けた言葉を全く気にした素振りも見せず、藤田は平然とする。口調から読み取れば、喜びを感じているようにも思えた。


「…そんな。もしかして、あたしは。…あたしは藤田君の目的を達成するために利用されただけなんじゃ…」


「ピンポ~~ン。正解!! よく出来ました~~。その通りだよ! 俺の愛する趣味である親しい人間の関係を破壊することに協力してくれてサンキュー。感謝の言葉だけあげるよ! 最高に気持ちよくさせてもらったからさ~」


「そ、…そんな。じゃあ、あたしと付き合ったのは、藤田君の趣味のためなの? そのために、あたしは。あたしは和久君と別れる羽目になったの……」

 

 全てを理解し、力尽きるように、聖羅は屋上の床に崩れ落ちる。


「あははっ。いいねぇ~。いいねぇ~~。まさに伊藤さんからしたら絶望的だね。もう唯一の仲間も失い、完全に1人だからね。せいぜい今後の学校生活を頑張ってね。心の中では応援してるから!! 」


 満足そうに高笑いしながら、多大なる負のオーラを纏う聖羅から興味を無くし、藤田は屋上から姿を消した。


 不幸にも、聖羅だけが屋上に取り残された。


 情けなく、戸の閉まる音が屋上に静かに響いた。



☆☆☆



「あ~。最高~~。やっぱり人の関係を破壊するのは快感だ」


 誰にも聞き取れない声のトーンで独り言を呟きながら、藤田は無人の階段を降りる。


 階段を1段1段と降りて2階に到着し、自身のクラスに戻るために、廊下を進む。


「うん? 」


 2年7組の教室の前に辿り着いた所で、藤田の目に1人の美少女が映った。


 その美少女は銀髪のロングヘアに水色の瞳に、乳白色の艶々の肌が特徴的だった。そう。その美少女は遥希だ。


「確か、以前に僕によって親友との関係を破壊された天音と一緒に居る女子だな。…すごい美少女だな。なんか僕に関係を破壊された天音が、充実した学校生活を送ってそうな感じが気に入らないな。そうだ、もう目的は達成したからターゲットを変更しようか。次は天音の人間関係を破壊しようかな。そのためには…」


 近づくように歩を進める遥希をロックオンし、藤田は接触を試みる。


 進む方向から2年6組の教室に向かっていることは、容易に推測できた。


「どこかに向かってるみたいだけど。ちょっといいかな? 」


 作り慣れた印象の良い微笑みを浮かべながら、藤田は早歩きで直進する遥希に声を掛ける。まずは遥希との距離を少しでも縮めるのが狙いだろう。


 藤田の言葉に反応し、遥希は立ち止まる。自然と遥希と藤田が向き合う形になる。


 だが、遥希からの返答は予想外の物だった。


「悪いが、私には用事がある。暇な時にしてくれないか? まあ、そんな時間が有ればの話だがな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る