第62話 甘い誘惑

「いいけど。あなた誰なの? 」


 怪しむように目を細め、聖羅は疑問を呈する。


「おっと。これは失礼。僕は藤田勝ふじたまさる。本日この学校に転校してきた2年7組の生徒だよ。よろしく」


 聖羅の怪しむ目線など気に様子も無く、藤田はさらっと簡単な自己紹介をした。有るのは薄い笑みだけだった。


「それで、その転校生が、どんなことを聞きたいの? あたし彼氏と待ち合わせしてるんだけど」


 不機嫌さを露にし、聖羅は藤田に用件を催促する。1秒でも早く石井と合流し、同じ時間を過ごしたいのだろう。聖羅の態度から簡単に推測できる。


「それは申し訳ない。じゃあ素早く僕の用事を済ませようか」


 形だけの謝罪をし、余裕ある笑みを絶やさない藤田。慌てた仕草も皆無であり落ち着いている。


「今、学校での生活は苦しくないかい? 」


「え…」


 聖羅にとって予想外の問いを投げ掛けた藤田。


 想定外の言葉に聖羅の顔が固まる。


「聞こえなかった? 今の学校生活は苦しくないか? 」


 言葉を少しだけ変えて同じ意味の疑問を投げる藤田。どこか楽しむ表情を浮かべる。


「そ…それは……」


 すぐには回答できずに藤田から視線を逸らし、聖羅は俯く。


「楽しくない? 寂しい? 辛い? もしかして地獄? まぁ、しょうがないよな。浮気した上にイケメンに寝取られた情報が学校で拡がれば、学校での居場所を失うだろうし」


 哀愁が漂う聖羅を無視し、追い打ちを掛けるように、藤田は何度も問いを投げる。そこに一切の遠慮は無い


「そ、そんなことない! あたしは今の学校生活に満足してる。確かに学校での居場所はほとんど無いけど。だけど、あたしには和久君が居る。超絶イケメンで優しい彼氏が居るのよ。和久君さえ居れば大丈夫なの! 」


 藤田に抵抗するように、聖羅は必死に言いたいことを捲し立てる。先ほどの藤田の言葉が気に食わなかったのだろうか。


「ふぅ〜〜ん。満足してるんだ…なら良いけど。ふふっ」


 思わずと言った形で笑い声を漏らす藤田。隠すように右手で口元を押さえる。休み時間での颯と愛海の前で見せた笑い方と全く同じだ。


「な、何がおかしいわけ! 」


 聖羅は鋭い目で藤田を睨み付ける。紺色の瞳には怒りの感情が乗る。


「おっと。これはこれは失礼。おっほん! 」


 藤田は、わざとらしく咳払いする。全く反省の色は見えない。


「いや〜〜。あまりにも取り乱してたから。思わず、ねっ。満足してるのは本当なのかなぁ〜〜。多少なりとも強がってたりしてない〜? 」


 ニヤニヤしながら藤田の心を探るように、藤田は、じーっと凝視する。


「そ、そんなことは…」


 途中で言葉は途切れ、聖羅は気まずそうに藤田から目を逸らす。完全に押され気味だ。主導権は藤田に有る。


「ふふっ。まぁいいや。今日は、この辺に終わらせるよ。あ〜〜ぁ。僕の言う通りにすれば今の過ごし辛い学校生活を劇的に変えてあげられるのにな〜」


 子供のようなノリで口調を伸ばし、聖羅に十分聞こえる声で、それだけ残すと、藤田は聖羅の元を離れる。


 聖羅に興味を無くしたように振り返る素振りも見せず、藤田は2年7組の教室に戻って行った。

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