第61話 明かされる過去

「…」


 昼休み。遥希と瑞貴が来る前に、颯はいち早く2年6組の教室を抜け出した。


 食堂にもトイレにも行かず、屋上に向かう。


 昼食は食べる気が起きなかった。いつ藤田のターゲットにされるかを想像しただけで、気分は憂鬱になる。気持ちは落ち着かない。


 何も持たずに大きな不安を抱いたまま、何段も階段を登る。そうこうしているうちに、屋上の入り口に到着する。


 黙ってドアノブを捻り、屋上に足を踏み入れる。ドアを開けた瞬間、屋上の開放的な空気が颯に押し寄せる。結構な風圧があった。


 銀色の床があるスペースを、緑のフェンスが取り囲む。ここが屋上だ。


 特に感想を口にせず無言で屋上の床を進む。


 屋上の奥まで到着し、緑のフェンス越しから見える景色に目を通す。普段では決して目に出来ない景色が、颯の視界に広がる。屋上からでは建物が全てちっぽけに見える。


 建物でこれならば人間はもっと小さい。そう考えると不思議と虚しくなる。


「はぁぁぁ~。何やってだろ俺」


 普通なら魅力的に映る絶景から目を放し、颯は力無く大きなため息を吐く。これからの学校生活の未来を考えると嫌になる。それもこれも藤田の存在が原因だ。奴さえ居なければ全てが解決する。それほど颯にとって藤田は厄介な人間だった。


「そこに居るのって。…もしかして天音っち? 」


 後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。声を聞いただけで誰か分かった。


「…宮城さん」


 振り返り、屋上の入り口の手前で佇む人物の名前を呼ぶ。相変わらず褐色肌が美しかった。その上、カッターシャツのボタンは上から2個ほど開いており、褐色肌のぁ谷間も露になる。


「どうしたの? 今日は、はるっちとみずっちと一緒じゃないの? 」


「いや。ちょっと。2人には申し訳ないけど、そんな気分になれなくて」


 居心地が悪そうに答える颯。


 遥希と瑞貴の友人の前で現時点で正直な気持ちを伝えるのは、まあまあ勇気が必要だった。悪い印象を与える言葉を発した自覚もあった。


 でも何となく嘘を吐きたくなかった。


「もしかして。…あの藤田のこと? 」


 藤田という言葉を発するだけで、愛海の顔に緊張感が走る。それほど愛海にとっては藤田は警戒すべき相手なのだろう。


 一体、愛海と藤田の間で何があったのだろうか。


「…うん。そうだよ」


「…やっぱり。でもすごい分かる。愛海も頭から離れないから。どうしても…離れない」


 悔しそうに俯きながら、愛海は力無く呟く。


「…本当に」


 愛海の言葉に共感する颯。


 それから颯と愛海の間で沈黙が生まれる。


 2人とも床に視線を向けたまま、ぴくりとも動かない。


「…宮城さんは、あの藤田に何かされたの? 」


 視線を上げ、勇気を出して、颯は静寂を破る。


 颯の声に反応し、愛海もゆっくり視線を上げる。


「…うん。された。すごい酷いことをされた。それこそトラウマレベルだし」


 悲しそうにパッチリした瞳を揺らし、愛海は心に詰まった気持ちを吐き出すように吐露する。


「そうなんだ…」


「そう聞く、天音っちもそうなんでしょ? あのクソ藤田にトラウマを植え付けられたんでしょ? でないと、そんなに追い込まれた顔しない」


「…。うん…。そうだね。…宮城さんが言ってる通りだと思うよ…」


 弱々しく愛海から視線を切り、颯は言葉を紡ぐ。


 態度にも表情にも出ていたことを、愛海の言葉で理解する。


「バレバレだし。どっちから話す? 吐き出したら少しは楽になると思うし」


「そうかもね。でも深くは話したくないかな。嫌な記憶を思い出しちゃうから」


「愛海も同感。じゃあどうするし? 簡潔に伝えるだけにする? 」


「俺は、それが良いかな。それと、まず俺から伝えてもいいかな? 」


「じゃあ、そうするし。…いつでもどうぞだし」


「うん。…じゃあ」


 一旦言葉を切り、颯は息を整えるために生唾を飲み込む。


 そして、タイミングを図り、納得できてから顔を上げた。愛海だけが颯の目に映る。愛海も緊張した面持ちだ。


「俺は。俺は大事な親友との関係を藤田によって切られた」


 眉をひそめ、額に皺を寄せながら、颯は重々しく愛海に伝える。言葉にするだけで不快感だけでなく寒気も身体中に走る。


「…。そう。…天音っちも愛海と似たようなことをされたんだ。あのサイコパスな藤田に」


「え!? 」


 愛海の言葉に反応し、思わず颯の口から悲鳴のような声が漏れる。それほど愛海の先ほどの言葉が衝撃的であった。


(似てる? ということは、もしかして宮城さんも? )


 颯の中で1つの仮説が生まれる。


「おそらく天音っちが思ってる通り」


 意味深な言葉の後に1度、愛海は間を作る。


「愛海は藤田のせいで1番大切な幼馴染の女の子との関係を失った」


 一方、場所は変わり、2年6組の教室。


 聖羅は石井と一緒の時間を過ごすため、授業で使った教科書やノートを仕舞い、自身の席から立ち上がる。


 事前に3時間目終了後の休み時間で石井と話し合っており、今回は最近愛用する空き教室での集合になっている。


 早く居心地の悪い2年6組の教室から抜け出すために、聖羅は早歩きで後ろの戸まで移動する。


 優しく戸を開き、廊下に辿り着く。


 そこで1人の人物と遭遇する。


「やぁ! 君が伊藤さんだね。ちょっと聞きたいことがあるんだけど。僕に教えてくれないかな? 」

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