第60話 ターゲットロックオン
「あ! 和久君!! 」
2時間目終了後の休み時間。
アウェーな2年6組の教室を1番の乗りで抜け出し、聖羅は廊下で石井と合流する。事前に話し合い、授業が終わる度に、彼らは2年5組の教室前の廊下で集まる約束をしていた。
「おう! 聖羅!! 」
軽く手を挙げ、石井は明るい声で挨拶する。聖羅の顔を認識し、石井の気分が明るくなる。同士との出会いで安心したのだろうか。
「今回も嫌な奴らから逃げてきた。和久君に会えて、ようやく解放された感じ」
周りを見渡して状況を確認してから溜まったストレスや不満を解消するように、石井の腕に抱きつき、聖羅は小さな声で言葉を紡ぐ。聖羅の声は石井にしか聞き取れない大きさであった。
「そうか。それは大変だったな。よしよし。よく頑張ったな」
自身だけに送られた言葉をしっかり聞き取り、石井は慣れた手付きで聖羅の頭を優しく撫でる。聖羅を気遣い、労うためだ。
聖羅と石井が付き合い始めて1週間が経った。初めは同級生達から逃げるように隠れてイチャイチャしていた。それこそトイレや屋上など場所を選んでいた。今では場所関係なく、イチャイチャするようになった。
不安・ストレスを取り除き、安心感を得るために必要だったのだろう。前よりも距離は一段と近づく。
「本当に大変だったよ~。精神的に負担が大きい」
気持ち良さそうに目を細めながら、聖羅は不満を口にする。石井に頭を撫でられる度に表情が緩む。
「ああ俺もそうだ。だが2人なら大丈夫なんだろ? 一緒に困難を乗り越えよう。そうしたら、また良い事が起きるって。人生は山あり谷ありだからな」
彼女の良い格好を見せようと、石井はキザなセリフを口にする。少なからず本人は自分に酔っているだろう。
「うん! ここからの道のりは険しいかもしれないけど、2人で頑張ろうね。絶対に道は開けるから」
「聖羅の言う通りだ。じゃあ、そろそろ場所を移すか。2人だけしか居ない所に向かおう」
「うん! 」
既に2人だけのラブラブな空気を作り、聖羅と石井は廊下を歩き始める。聖羅はがっしりと石井の左腕をホールドする。離れる意志を感じない。
「うん? あの2人はすごいな。あそこまで学校でイチャイチャするなんて。よっぽど仲が良いんだろうな」
偶然にもクラスメイトの男子達と教室を退出した藤田が、聖羅と石井のイチャイチャぶりを視認し、独り言で感想を呟く。
「あ~。伊藤と石井のことな。あいつら学校内で居場所が無いから付き合いだしたらしい。おそらく自分達の身を少しでも守るためだろうな」
クラスメイトの1人の男子が呆れた顔で藤田に説明する。
本日、藤田は2年7組に転校してきた。2年7組のクラスメイト達は藤田に対して好意的であった。見た目が良いため、特に女子達の反応がすごかった。黄色い声援も湧いていた。
短い時間だが、クラスメイト達と打ち解け、何とクラスで1番の陽キャの集団に属することが出来た。その集団にはクラスで人気な男子だけが所属する。今も、その陽キャ集団と行動する。
「どうして付き合いだしたんだ? 」
率直に気になった内容を問う藤田。視線は説明をした男子生徒に向く。
「伊藤が彼氏いたのにも関わらず、浮気したんだよ。当時、学年1年のイケメンだった石井は、その彼氏から伊藤を寝取ったらしい。その情報が何者かによって拡散され、伊藤と石井は各々のクラスメイト達からの信頼を失った。2人共それまで人気者だったが、落ちに落ちたよな。今では多くの生徒達から痛い視線を受けてる感じかな」
「なるほど」
長いクラスメイトの話を黙って最後まで耳を傾け、藤田は納得したように何度か頭を縦に振る。
「ターゲット見つけた。どうやらこっちの方が面白そうだ」
「うん? 何か言ったか? 」
「いや何もない。ただ大変そうだなと思っただけ」
作り笑いを上手く浮かべ、藤田は平然と嘘を吐く。嘘を吐くのは慣れてる感じだ。
「そろそろ行かないか? トイレに行きたいんだろ? 」
「あ、ああ。そうだったな。みんな行くぞ」
1人の男子の言葉を合図に、集団が一斉に歩を進める。そのまま目的地のトイレに向かう。
藤田は薄い笑みを浮かべ、遅れて集団の後を追った。ポケットに両手を突っ込んで。
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