第59話 変わってない
「お前らは…。もしかして天音と……お前は?」
目の前で捉えた人物。颯を苗字で呼び、愛海のことは思い出せない様子の藤田。軽く首を傾げている、
憎く、颯が大嫌いな薄い笑みだった。
「ひ!? 」
藤田から視線を注がれ、逃げるように素早く後退りバランスを崩して、愛海は廊下の床に尻もちをつく。
「だ、大丈夫宮城さん! 」
反射的に愛海が床に尻もちを付いたことを認知し、颯は心配して慌てて駆け寄る。
だが、警戒しているため、全意識を愛海には向けない。ある程度は藤田に対して注意を向ける。
「い、たぁ〜〜。だ、大丈夫だから!!! 」
一瞬だけ痛みで顔を歪めたが、愛海はすぐに立ち上がった。
そして、藤田をこれでもかと警戒し、さらに距離を取る。愛海にとっては藤田はかなりの危険物らしい。
「はぁはぁ…」
苦しそうに息を荒らしながら、額や頬に汗を流し、愛海は藤田を見つめる。まるで藤田の細かい動きまで見逃さないために、最大限の注意を払っているようだった。
「ふふっ。俺の前でその態度。それに宮城…か。その上、女子。間違いない。お前、僕と同じ小学校だった宮城愛海だな」
心の底から楽しそうに口元を押さえ、藤田は小さく不気味に笑い声を漏らす。
一方、愛海は頬に汗を掻きながら、何も言わない。ただ無言で、時折り生唾を飲み込むだけだった。
少しでも油断すればやられると思っているのだろうか。ジリジリ後ろに下がりながら、藤田から絶対に目を逸らさない。
「まぁ、そうビビるな。今は何もしない。今はね」
軽く両目を閉じ、藤田はやれやれと肩を竦める。颯と愛海とは対照的に、藤田には心のゆとりがある。
颯も愛海も心に余裕が無く、いっぱいいっぱいだ。それほど藤田の登場は颯と愛海にとって衝撃的であり、一瞬で冷静さも奪った。
「今はってことは。これから何かするつもりなのか? 」
藤田に対して多大な恐怖を抱きつつも、颯は勇気を振り絞って問う。
「さぁな。それは僕次第だ。お前が決めることではない」
余裕たっぷりに意味深な笑みを浮かべながら、藤田は言葉を返す。声のトーンは通常時と変わらない。
「っ…」
自分なりに藤田の言葉を理解し、颯は思わず声が漏れる。
愛海の両肩は分かりやすく跳ねる。
「ふふっ。親の都合で転校を余儀なくされ、たまたま転校可能な聖堂高校に入った。そしたら、まさかの俺に大事な関係を壊された2人と出会うとは。人生とは読めないものだな。まぁ、俺にとっては幸運な出来事だが」
口元を覆い、嬉しそうに笑い声を出しながら、藤田は小刻みに両肩を震わせる。
「おっと、悪い長居しすぎたな。トイレも済ましたことだし、そろそろ教室に戻るとするか」
今まで止めていた足を軽やかに動かす藤田。
一方、颯と愛海はその場に留まった状態だ。ただ自分達の方に向かってくる藤田を目で追うことしか出来ない。
歩く途中で両手をポケットに入れ、藤田は敢えて颯と愛海の間を通過する。
その通過の際、颯と愛海だけに聞こえるトーンで言葉も発した。
「すぐに会う機会があるだろう。そのときはよろしくな」
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