第58話 転校生
「ちょっとトイレに行ってくるよ」
2年6組の教室で、いつものように遥希と瑞貴に両腕をホールドされた状態で、颯は自分の席から立ち上がる。
颯が立ち上がるに従い、遥希と瑞貴も合わせて立ち上がる。そのため、遥希と瑞貴が遅れて立ち上がる形となる。
「え~。颯君と離れるの嫌だよ~~」
「私もだ!! トイレなら近くまで私は付いてくぞ」
「うちだって。颯君と少しでも離れないためにも男子トイレの中に入ってもいいよ。うちは気にしないから! 」
「な! それは反則だろ! 」
瑞貴と遥希はトイレまで同行する気満々だ。少しの時間も颯と離れたくない気持ちが、ひしひしと伝わる。
「いや流石にそこまでは。ゆっくりにトイレに行かせてよ」
遥希と瑞貴のインパクトある言葉に、颯は思わず苦笑いを浮かべる。
トイレと言う言葉を出せば、すぐに解放されると思っていた。
しかし現実は予想外に進む。まさかのトイレの中まで入る者まで現れた。
「颯の気持ちを優先したい。それはもちろんある。だが一緒に過ごす時間を少しでも失いたくない。休み時間も短いんだ。申し訳ないが私の気持ちを優先して、こうしてやる! 」
ただでさえ当たっている豊満な胸が、遥希が身体を寄せたことにより、さらに颯の右腕に押し寄せる。
「あ! 不意打ちは、ずるいよ遥希ちゃん!! それなら、うちだって!! 」
遥希に対抗するように、瑞貴も豊満な胸を押し付ける。柔らかい物が、これでもかと颯の左腕を包む。
「うぐっ…」
2つの双丘のあまりの心地よさと破壊力に、颯は情けない声を漏らす。
遥希と瑞貴にバレずに胸中で理性を抑える。結構な体力を使う。ジリジリと颯のHPは減り続ける。
「と、とにかく! トイレは1人で行くから!! 流石に付いてきてもらうのは色々と申し訳ないから!」
明らかに顔を赤くし、目を硬く瞑りながら、颯は遥希と瑞貴の胸と腕から逃れる。そして、返事を待たずに自分の席を離れて教室の後ろの戸に向かう。
「むぅ〜。颯君のケチ」
「颯、何でダメなんだ…」
瑞貴と遥希は渋々と諦め、教室から退出する颯の背中を消えるまでまだ追い続けた。
ちなみに、瑞貴は不満そうに可愛らしく頬を膨らませていた。
「ふぅぅ~。ようやく腕が解放された。色々な意味で疲れるよ。未だに温もりは残ってるし」
遥希達の残した温もりを確かめるように、颯は両腕の感触を確認する。ずっと抱きつかれていたため、普段に比べて感覚に違和感を覚える。
「まぁ、良く関わってくれることは少なからず嬉しいけど」
思わず
女性特有の柔らかい身体や胸の感触も味わえるし。
(おっと、いけない。家じゃないんだから)
緩んで気を引き締めるように、颯は笑みを消し、トイレに辿り着くために廊下を歩く。
廊下には複数の生徒が歩いていたり、雑談に勤しむ。
前だけに視線を向けていると、1人の人物が目に入った。
その人物には何処か見覚えがあった。中学時代に比べて大人びてはいるが、面影は確実に残っている。
(バカな。…どうして。どうして、こいつが聖堂高校の校舎に居る。今まで居なかったはずなのに)
目の前に現れた衝撃の現実に戸惑い、颯は思わず足を止めてしまう。
目の前の人物が居ることを嘘であって欲しいと願うように、何秒か両目を強く瞑る。
しかし、目の前の人物は決して消えない。ポケットに両手を突っ込んだまま、颯に気づいた様子も無く、こちらに歩を進める。
「あ! 天音っち!! 廊下のど真ん中で立ち止まって、どうしたの! 」
2年5組の教室を退出し、後ろから颯を発見した愛海が、ご機嫌な声を出し駆け寄る。
「え…。なんで…」
だが、愛海の足は、颯の元に辿り着く前に不自然な形で止まる。愛海も颯と同じ人物を認識して、廊下の真ん中で立ち止まってしまう。
愛海も視界に映る人物を知っている感じだった。明らかに先ほどと比べてテンションが激変した。すごい高低差があった。
「どうして…。どうしてあいつがいるの。あの藤田が」
身体全体を上下に震わせながら、愛海は苗字を呟いた。
ようやく颯と愛海から注目を集める男子生徒は、2人の存在に気付いた。
そして。
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