第56話 2人なら

 時刻は8時25分。朝のホームルームが始まるまで残り5分しかない。


 そんな時間に、聖羅と石井は並んで登校する。かなりギリギリである。


「ねぇ聞いた? あの2人付き合ってるらしいよ」


「聞いた聞いた! 停学組同士でお似合いよね」


「どうせ自分達の身を少しでも守るために付き合いだしたんだろ。だせぇなおい」


 廊下で聖羅達を見掛けた生徒達が、遠慮ない悪口を吐く。


 皆が聖羅達に悪態をつく。優しい言葉を掛ける人間は皆無だ。


 以前と同じで、石井は相変わらず落ち着かない。周りに気を取られているみたいだ。圧倒されているようにも見える。


「大丈夫だよ和久君。私たち2人一緒なら」


 静かに前を見つめながら、包み込むように、聖羅は優しく石井の左手を握る。まるで心の支えを作るように。


「…聖羅」


 優しく握られた聖羅の手に視線を向け、石井はボソッと呟く。

 

 聖羅の行動のおかげで、石井の周りへの意識が切れる。今は聖羅にだけ意識が向く。


「そうだ。そうだな。俺たち付き合い出したもんな。お互いの身を守るために、これから頑張らないとな」


 聖羅にだけ聞こえる声で呟き、石井は強く聖羅の手を握り返す。


 そして、前だけを見つめ、聖羅と共に歩を進める。先ほどのように、周囲に圧倒されたいる感じは無い。


「後もう少しで朝のホームルームが始まる。だから、ここで一旦お別れだな。また休み時間で会おう」


「うん! 楽しみにしてる!! 和久君!!! 」


 2年6組の教室の前で、聖羅と石井は別れの言葉を交わす。


 軽く微笑みながら、聖羅は石井に手を振る。


 反応して、石井も手を振り返す。そのまま別れ、それぞれの教室に向かう。


「おっ」「うん? 」


 後ろの戸から2年6組の教室に入った聖羅と、退出予定の遥希と瑞貴が偶然にも遭遇する。


 聖羅を目の前にし、遥希と瑞貴はその場に立ち止まる。


「あなた達また居たのね。相変わらず天音君のことが好きなのね。精々イチャイチャしてるいいわ。あたしにはもう必要ないから。立派な彼氏が出来たから」


 遥希と瑞貴を睨み付け、吐き捨てると、聖羅は彼女達の間を割って入るように強引に進む。


 自身の席を目的地に設定してズンズン前進する。


 一方、教室の後ろの戸の前で立ち止まる遥希と瑞貴は、自分の席に向かう聖羅の背中を振り返りながら、目で追う。


「なんなんだ? あいつ。やけに態度が大きくなったな」


「どうだかね。石井君の彼女になれて気が大きくなってるんじゃないの? クズ女ちゃんはプライドが高くて、イケメンが大好きみたい」


「そういうものなのか? まあ、少し興味が湧いてきたな。あのクズ1号が今後ずっと、あのような大きい態度を取れるのか。それとも前のように弱々しくなるのか。どうなるか少し楽しみだ」

 

「うげっ。遥希ちゃん趣味悪いね。うちなんか全く興味も湧かないよ。これっぽっちもね」


「まあ、そういうなよ。私も少しだけだ。ほんのこれっぽっちしか興味ない」


 そこで会話は途切れ、遥希と瑞貴は颯に笑顔で手を振り、2年6組の教室を退出した。


 その間、遥希と瑞貴が聖羅を気に掛けることは皆無だった。

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